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他人の評価のほうが、実は自分より正確だったりする

今回は
「他人から見た自分の方を、少しだけ信じてみる」
という話をしてみたいと思います。

 

「自分のことは自分が一番よくわかってる」

 

よく聞きますよね。
でもこれ、私は最近「そうでもないんじゃないかな…」と思うようになりました。

まず根本的に、私たちは 自分を“客観的に”見るのは不可能 なんですよね。
鏡は左右が反転するので自分が見た自分は、当然他の人が見る自分とは左右が反転しています。

声もそう。

録音した自分の声を聞いてショックを受ける…なんて経験をした方も多いと思います。

つまり、
“自分から見える自分”はけっこう歪んでいる。

だからこそ、他人から返ってくる言葉のなかに、
自分の輪郭がくっきり見える瞬間があったりします。

「あなたは私の一部分しか知らない」

とか言うけど、分からんとこあるだろうなというのも含めて言っている。

 

 

「私なんて…」は相手にも失礼だったりする

自信がないと、つい「いやいや、私なんて…」と言ってしまうことがあります。

でもよく考えてみると、
それって 相手の“見る目”を否定している んですよね。

その人があなたを観察して、感じて、言葉を選んで伝えてくれているのに、
「いえいえ、あなたは私の本当の姿を知らないから」
と言ってしまう。

これは、やっぱり相手に失礼なんだと思います。
誰よりも信頼している人に対してでも、です。

 

私は昔から「リーダー的なことはできない」と思い込んでいました。
でも同僚から、こんなことを言われたんです。

タムラさんはできるで。

“やる気がないだけ”

やで

やる気ないと言われたのはショックだったのですが、できると言われたのは嬉しかったです。その人は、長年多くの人を見てきた“見る目のある人”です。

バイアスもなく、損得もなく、淡々とそう言ってくれた。

そう考えたら、できると考える方が正しいんじゃなね?と思い始めた。
「自分はできない」よりも「この人が言うならできるのかも」
と思う方が、よっぽど客観的なんじゃないかと感じました。

それからは、少しずつですがリーダー業務にも向き合おうとしています。

他人の評価には“バイアス”もある。だからこそ選べばいい

もちろん、すべての他人の言葉を信じればいい、というわけではありません。

他人には他人の事情があって、

  • 嫉妬

  • 競争心

  • 牽制

  • 利害

  • 気分

こういったものが言葉に混じることもあります。

だからこそ大事なのは、
“誰の言葉なら信用できるか” を自分の中に持っておくこと。

たとえば、まったく別の場で出会った複数の人から同じような評価を受けたなら、
それはたぶん「あなたの本質」なんだと思います。

私自身も、

  • 漫画の評論

  • グループまとめ、統率

  • 人に声をかけて場を柔らかくすること

このあたりについて、昔から何度も褒められてきました。
当時は「物好きもいるな」くらいに思ってましたが(笑)、いま振り返ると—
あれはきっと正しい評価だったんだ と素直に思えるんです。

「私なんて…」をやめて、「ありがとう」に置き換える練習

近しい人には特に、
ぜひ「私なんて…」の枕詞をやめてほしいなと思っています。

全部を受け入れなくていい。
ただ、

「ありがとう」だけ受け取る習慣をつける。

これだけで、驚くほど自己認識が変わっていきます。

最後に

自分の中だけで作った「自己像」は、ときにとても狭い世界になります。
でも、他人の目はそれを広げてくれる鏡になることがあります。

大事なのは、
あなたをフラットに、バイアスなしで見てくれる人の言葉を拾っていくこと。

そんな人が一人でも身近にいるなら、それはすごく幸せなことだと思います。




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