
「男子三日会わざれば刮目して見よ」
という言葉がありますがこれは、二通りの解釈があるなと思ったのでシェアさせていただきます。
1つは、人というのは短い期間で大きく変わる可能性があるから、思い込みを外してフラットな目線で見よ、ということ。
これはまぁ多数の解釈かなと思います。
もう1つは、「自分」というのは短い期間で大きく変わる可能性があるから、自分で自分を狭い枠組みに収めないで、自分は何にでもなれる、と認識すること。
です。
「私はしょせんこんな人」
とか、
「私には絶対無理」
とか思ったりしてませんか?
それって本当なのでしょうか?
いつ、そう思いました?
え?中学時代?
それって何年前ですか?
その間に、あなたは何も変わっていないのですか?
え?変わった?
まぁそりゃそうですよね。
じゃあ、中学時代に決めた認識も、変えていかなきゃですよね。
と、脳内会話が私の中で始まったのですよね。
「私はしょせん、こんなもの」
という認識は、誤っている可能性がとても高いです。
その認識が形成されてから年月が経っていれば経っているほど、その確率は高い。
自分で自分を枷をはめている可能性が高い。
その枷を外すにはどうすればいいか?
「この認識は今やもう変わってきているかもしれない。」
と認識し、その仮説を検証すべく、一歩自分の意志で踏み出すことです。
具体的には、なにか一つ、小さく行動してみる。
かなと思います。
私がこんな事を思ったのは、息子のバレーボールの試合を見たからです。
息子のチームにはしばらくコーチがいなかったのですが、昨年11月に、ついにコーチが就任されたんですね。
今日の試合はそのコーチが就任して以来、初めて見る試合だったんです。
「みんなうまくなってるかな?」
と期待して見ましたが、その期待を大きく上回るものでした。
次期エースと期待されていた子が、弾丸のようなジャンピングドライブサーブを打てるようになっている。
いつもこれという時に打ちきれなかったものが、しっかりとアタックを打てるようになっている。
最も感動したのは、それまで私が見ている中、一本もアタックを決めたことのなかった子が、普通にアタックを決められるようになっていたことでした。
彼のことは小学生から知っていたので、感動もひとしおでした。
(息子については記載を控えさせていただきます。どうしても手前味噌になってしまうので・・・)
わずか3ヶ月で、これだけの進化を遂げた彼らを見て、
「男子三日会わざれば刮目して見よ」ってこういうことなんだなぁ・・・
と思い、冒頭のようなことを思ったのでした。
人は変わることができる
ということを信じてみようと思います。