帰省を兼ねた18きっぷ乗り鉄旅の2日目、富山から北陸本線と湖西線、東海道線を経て大阪に向かいます。

本日の予定
富山8:36発→金沢9:33着/10:00発→福井11:18着/12:00発→敦賀12:58着/13:23発→新大阪15:23着
朝の富山
朝食はマンテンホテル富山のバイキング。昆布締めや桜海老、シシャモに似た地魚の干物などもあって満足度が高い。流石は北陸で米も実に旨かった。

ホテルから富山駅までは徒歩10分弱。駅への途中、ほぼ富山駅の上空を富山空港にアプローチする767を一応撮影。結構低いですね。

富山駅前にて。

越中富山の薬売り。

乗り鉄同業者も駅の写真を撮っていました。

構内で大阪行きのトワイライトエクスプレスと遭遇。

富山~金沢
さて、先ずは富山8:36発の普通で金沢に向かいます。

発車するとすぐ神通川を渡り、暫く北陸新幹線と並走します。


左側の車窓には平野と山脈の景色が続きます。

小矢部の市街地を過ぎた辺りから山地に入り、結構な勾配を登ったりもしました。

平安末期に源平が戦った倶利伽羅峠。

山地を抜けると平野を淡々と走って金沢に到着。

金沢車両区の線路を高架で越えて金沢駅に入線します。

金沢駅にて。何故か中間車両のヘッドライトが点灯されていました。

次に乗る福井行きは10:00発、一旦改札を出ます。

小腹が空いたので構内の立ち食いうどん屋で和風ラーメンなるものを食べます。普段なら特段旨いと感じなさそうなパンチとは無縁の味でしたが、あっさり味が朝の胃に沁みて妙に旨かった記憶があります。

金沢~福井
ホームに戻り、2両編成の福井行きに乗車します。


この区間は海沿いを走ることはなく、車窓からの景色は特筆するようなところはありませんでした。北陸自動車道を走る時に見慣れた地名が続きます。

美川駅。
以前は「美川、県一のまち」と書いた看板が北陸道沿いにあって通る度に苦笑したものです。市町村合併で美川町が白山市になったからでしょう、この前年に北陸道を走った際は「美川県一」看板は姿を消していました。

芦原温泉では結構な数の乗客が降りてゆきました。

11:18、福井に到着。

福井~敦賀
次は12時発の敦賀行きに乗車します。

これも2両編成でした。

シートは簡易転換式のクロスシート。発車20分程前に入線してきましたが早めに動いてカミサンと並びの席を無事確保できました。

敦賀までは交流電化なので車両は交直両用の521系。

福井鉄道を横に見ながら発車。


鯖江市と言えば眼鏡の街。

今庄にて。

今庄を発車すると北陸トンネルに入ります。全長約14kmもある長大なトンネルは途中で不安になるくらい長かった。北陸トンネルを抜けると敦賀に到着。

敦賀駅にて。

2012年の敦賀駅前。新幹線が開業した今は様変わりしたことでしょう。

敦賀~新大阪
この日最後に乗るのは湖西線経由の新快速。敦賀発で姫路行きなので快速としてはかなりのロングラン列車、昭和の急行列車を彷彿させます。


ここにも急行きたぐにの乗車位置案内が残っていました。

敦賀を発車し近江塩津までは北陸本線を走ります。

そしてトンネルを抜け、北陸本線が左に離れてゆきます。

湖西線に入り琵琶湖が見えてきました。

敦賀出発時点では4両編成(だったと思う)、近江今津で10分ほど停車して8両(だったと思う)を増結して都市間列車らしい大編成になります。

近江舞子あたりだったかな、琵琶湖沿いを走る区間。

「5秒ルール」?調べたところ、線路に立ち入って作業を行う際は作業員と見張り員が5秒毎に無線で「異常無し」と交信することで安全確保するルールである由。

京都が近付いてきました。

京都駅にて。奈良線の103系が見えます。

横に近鉄見つつ京都を発車。

向日町運転所の横を通過します。

懐かしい国鉄色の特急車両。エアコンユニットが屋根上に無いので381系ですな。

こちらは485系でしょうか。

オリジナル新快速色の117系。

新大阪に到着。
我々は御堂筋線に乗り換えるのでここで下車し今回の旅を終えます。

この旅最後の一枚は智頭急行のスーパーはくと。

この日は富山を朝8時台に出発して大阪には15時過ぎに到着、車両も比較的新しくてシートの座り心地も良くて疲れの少ない乗車でした。
最後に
2日間を通して全区間で夫婦揃って向かい合わせか並びの席で座れたり、高山本線の美しい雪景色や日本海の海の幸を楽しんだりと満足の旅でした。尚、名古屋への帰路も1日分余っていた青春18きっぷで私だけ東海道線で戻った、鉄分の濃い帰省でした。
>名古屋への帰路編
>高山本線・北陸本線