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好みじゃない、でも100点だ!──『パリに咲くエトワール』

 
自分の好みのストライクゾーンを外している作品でも、素晴らしいアニメは素晴らしいアニメですね。
 
 

 
週末、『パリに咲くエトワール』をほとんど嫌々、勉強しにいく気分で観に行った。
 
youtu.be
 
公式が配信している予告動画を見ただけだと、この作品はたいしたことがないようにみえる。だって、この動画を見ただけだと、昔のジブリか昔のハウス食品のアニメ*1を連想しちゃうでしょう? グラフィックや演出がどんなにバージョンアップしていても、これは not for me だ。それに、3月22日の段階でこの作品を賛美しているのは、修行僧みたいにアニメを見ている一部の愛好家さんが中心じゃないですかー。そう思っていたのだけど。
 
ところが、そんなの全部吹き飛んだ!
これは、すごいアニメですよ。
流行最先端の作風ではないかもしれないし、私の大好きな、ビームライフルやビームシールドが出てくるような作品とも違う。
でも、そうやって小理屈をこねたがる私のなかの天邪鬼を、『パリに咲くエトワール』ははじめの数分でねじ伏せ、沈黙させた。美しいグラフィック、音楽、キャラクター、そして固唾をのんで見守りたくなるストーリー。すべてが完璧だと思った。説得力もある。ただ優れているだけの作品でなく、人の心を鷲掴みにして持っていく膂力があると感じた。
 
 

『パリに咲くエトワール』は予告どおりで、予告を完全に上回っている

 
この作品を観に行くにあたって、当初、私が気にしていたのは「どう見せるのか」だった。
予告動画や公式ウェブサイトを確かめて、私は「この作品は昔のハウス食品みたいなタイプの」「パリで憧れを追いかけた少女たちの物語」だと想像した。実際、そのとおりの作品だったと言えなくもない。「フジコと千鶴という二人の女性が、パリで必死に夢を追いかける物語」というマニフェストに偽りはなかった。
 
そのうえで、そのマニフェストをどんな風に見せるのかがこの作品の楽しみどころだと思っていた。期待できるのは、パリを舞台としてキャラクターがグリグリとよく動くアニメ映像、だろうか。それだけでは熱心な愛好家が騒いでいる理由にあたらないと思ったが、それぐらいしか思いつかなかった。
 
ところが実物はそうじゃなかった!
 
『パリに咲くエトワール』は、予告動画どおりのアニメ作品……ではないっ!
 
いや、もちろん予告動画に出てくるシーンは存在するから、あれがフェイクってわけじゃない。
でも、この作品で本当に格好良い場面、心を打つ場面はあの予告動画とは別のところにある。でもって、そこで観ることのできる(アニメとしての)表現は、予告動画をはるかに上回っている。
 
この作品は、第一次世界大戦前のパリを舞台としているから、花の都としてのパリの風景、多くの人々の憧れの都だったパリの風景がこれでもかと登場する。主人公のフジコが絵画を志していることをいいことに、この時代の絵画に思いを馳せるシーンもバシバシ登場する。パリを舞台にした物語なのだから、そういった表現を用いるのはアリだし、実際、見栄えが良かった。その少なくない割合は、キャラクターをぐりぐりと動かすタイプのシーンではなく、一枚絵のシーンなのだけど、それらの使い方が抜群に巧い。日本のアニメには、もともと紙芝居みたいな一面もあったと思うのだけど、この作品は、花の都パリの紙芝居をやるのが抜群にうまかったし、それは最新型の紙芝居だった。印象的な一枚絵をさしはさむタイミング、入れ替えるタイミングもバッチリ最高だ。そういう細部に神が宿っている。
 
それから音響。
この作品は、できれば映画館で観るか、優れた音響環境を準備して観たほうがいいと思う。これも抜群だった。ピアノやヴァイオリンの音も、ノートルダムの鐘の音をはじめとするパリの街の音も、実に気持ち良かった。長刀がぶつかり合う音が素晴らしいのは言うまでもない。長刀はこの作品に欠かせないアイテムなのだけど、その長刀に神を宿らせていたのは音響の力かもしれない。
 
エンディングテーマも良かった。一枚絵(厳密にはそうではないが……)とスタッフロールとエンディングテーマの組み合わせはとても似つかわしいもので、余韻を楽しむのに最適だった。途中から夢中になっていたからかもしれないが、私はエンディングテーマが流れている間もずっとテンションが高いままだった。
 
ストーリーも良かったですよ! 一人で映画館に来ている中年男性である私が、うら若い女子二人の行く末にドキドキハラハラしてしまった。フジコはどうなるのか? 千鶴はどうなるのか? そういうことをついつい考えさせてしまう物語の渦に引き込まれた。視聴後に考えてみると、この時代のパリならではの諸問題──東洋人差別とか、第一次世界大戦が迫っているとか───が抜群のスパイスになっていたと思う。といえ、せっかくのスパイスも使い方がまずければメインストーリーに差し障ることだってある。でも、この作品に関してはそんな心配は要らない。東洋人差別や第一次世界大戦直前のパリといった香辛料やら苦み調味料やらを、本作品はたぐいまれな進行で味方につける。フジコと千鶴は大正時代の日本女性でもあるから、当時の日本社会にありがちな問題も登場する。これも、ストーリーを野暮ったくするのでなく、ピカピカに磨き上げる一部になっていた。榊原良子が演じている千鶴の母には迫力があった。そういった声優さん達の演技もこの作品に神を宿らせる一助になっているのだろう。
 
そうした全部が重なり合った結果として、『パリに咲くエトワール』は「パリで憧れを追いかけた少女たちの物語」という一言には到底まとめきれない、もっと分厚いインパクトを力いっぱいぶつけてくる作品として爆誕している。サブキャラクターたちの挙動、サブキャラクターたちの小さなストーリーも、そうしたメインストーリーに貢献しつつ、メインストーリーだけではおさまりきらない分厚さを構成しているようにみえた。こういったすべてに神が宿り、こういったすべてが絡み合って、信じられないほど説得力のあるアニメ作品を観た! という感想と感動が残った。これだけ見事なアニメ……というより、完璧なアニメを観たのはいったいいつ以来だろう? ひょっとしたら『天空の城ラピュタ』以来ではないか? それぐらい、すごいものを観たと思う。
 
確かにこの作品は、昔のジブリアニメのようでもあり、昔のハウス食品のアニメのようでもある。それらをいかに現代風にブラッシュアップして描くのか、という点では「どう見せるのか」の次元で素晴らしい作品だった。でも、ここまで分厚くて総合的な作品、そして野心的な作品だと、むしろ、そういう範疇的なテーマを隠れ蓑や言い訳として「何を見せるのか」の次元でも力いっぱい殴りかかってくる作品、と言ったほうが似合いだろう。この作品は、アニメという枠組みのなかで何が表現できるのかに関して果敢にチャレンジしている作品でもあると思う。一見、クラシックそうな見かけに反して、アニメとしてかなりアバンギャルドなことをやっているんじゃないだろうか?
 
この作品はカビの生えた古典じゃない。『パリに咲くエトワール』じたいが、フジコや千鶴のように憧れを追いかけている作品だと、私は思いましたよ!
 
  

好みじゃなくても100点以外、つけようがない

 
私はアニメファンとしてはグルメではなく偏食家なので、正直、『パリに咲くエトワール』のような作品は得意じゃない。でも、ここまで素晴らしいものを見せられて、この作品を低く評価するだなんて、とてもできない。「パリで憧れを追いかけた少女たちの物語」という陳腐にも響くテーマにもかかわらず、この作品はけっこう新しい表現を追いかけている。と同時に、新しい表現を追いかけていることにスポイルされるでもなく、抜群の説得力とまとまりを保ったままエンディングまで走り切ったこの作品に、どうして賛美以外の言葉が見つかるだろう?
 
いや? しいて欠点を挙げるとしたら、この作品の優れているさまを広報するのは簡単じゃない、それが欠点といえば欠点かもしれない。
奇しくもフジコが作中で言っていたように、今の時代は広報が死命を制するところがある。ところが前半に書いたとおり、予告動画を観ただけでは『パリに咲くエトワール』の凄さや面白さはほとんどわからない。視聴前の私のように、not for me と思ってかかってしまう人は、決して少なくなかっただろう。でも、この作品の細部に神が宿っているところをショート動画で提示するのは簡単なことじゃないないですよね。誰かが言った「いいものなら売れるなどというナイーヴな考え方は捨てろ」という台詞が脳裏をよぎる。セールスの面で、ショート動画映えする作品の後塵を拝してしまうのは仕方のないことかもしれない。
 
でも、良いアニメが観たいだけの人にとって、セールスの大小はたいした問題ではないはず。映画館はガラガラで、じきに上映も終わってしまいそうなので、気になっている人、よくできたアニメを観たい人はお早めにどうぞ。
 
 

*1:『小公女セーラ』や『小公子セディ』あたり




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