雪かきのしがいのある降雪になりましたね。
東北や北陸はもちろん、東京や大阪、西日本でも積雪があるというから相当な寒波でした。
帰宅後、しんしんと雪が降る夜の雪かきは孤独で、でも自分が一人の時間になれた気がします。数十cmクラスの積雪が一週間ぐらい続くと嫌になってしまいますが、三日程度なら、沈思黙考しながら身体を動かすチャンスだと思えば、そう悪いことでもないと感じています。
でも、近所の人が出てくると急に孤独ではなくなります。挨拶をし、天候の話などかわしてから、お互い、自分の住まいの周辺の除雪作業をする。それはソーシャルなことでもあり、コミュニケーションの一端とも言える何かです。自治会の行事のような義務でもない。だけどやるし、やるのが自然になっている。
だから雪かきってどこか多義的な活動なんですよね。表向き、雪かきは交通の妨げを解消するための作業に過ぎないけれども、身体を動かすよう強いることで身体に作用し、近所の人との間に信頼感みたいなものをつくりあげる。世間体という一面もあるし、メッセージという一面もあるでしょう。雪国では、雪かきをしている家かどうかが見たり見られたりします。雪かきをとおして、それぞれの家の事情やポリシーが現れ出る、それをお互いに読み取るのです。
雪かきをするのは、法がそうせよと言っているからではない
令和を迎えた今、雪国でも私有地の概念は東京などのそれに近づき、たとえばよその家の空き地に雪を積み上げるようなことをする人はまずいません。しかし、私有地ではなく公有地である路上の雪に関しては、自治体が除雪してくれるのをただ待っているだけの人は雪国にはあまりいないでしょう。なかには自治体が頻繁に除雪してくれる道路沿いにたまたま住んでいた、なんて人もいるかもしれませんが、そういう人でも、私有地と道路を繋ぐエリアの除雪、たとえば自動車道と私有地の間の歩道の除雪などは結果的にせざるを得ないように思います。
そうした近所の除雪作業は、もちろん自分の家の車の出入りを助けるものではあります。が実際には数十cm級の積雪でもない限り、やらなくても致命的に困るものではありません。少なくとも「うちの前は雪だらけになっていても平気」な人にとってはそうでしょう。そして、その雪だらけの道路が凍結し、その凍結した道路で誰かが転んで尾骨骨折をしたとしても、その責を道路の除雪をしなかった家のせいにすることはできないように思います。「公有地をどうにかする責任は、その公有地を管理する自治体にある」という考え方を突き詰め、さらに「公有地が積雪で往来不可能になった時には自治体を責めることができる」まで考えを突き詰めた場合、誰も道路を除雪しない、まであるかもしれません。
でも、雪国に暮らしていながらそんな風に考えを突き詰めている人は、きわめて稀でしょう。ほとんどの人は、ある程度の積雪があったら住まいの周辺の除雪作業に繰り出すのが当たり前になっていて、それが交通事情を助けているし、ご近所がご近所であることの符牒みたいになっている側面もあります。雪国の人が道路を除雪するのは、法によってそれが義務化されているからではなく、かといって自分の家の車の出し入れのためだけでもなく、もっと違った何か、私の好きな言葉でいえばゲマインシャフト的な動機*1を連想させます。そうしたことが疑問の余地なく「当たり前」になっていることがここでは重要で、振り返って噛みしめるに値することだと私は思います。
そして、現代社会は個人主義社会であるにもかかわらず、雪かきには個人主義ではおさまらない、または、個人主義からはみ出してしまう何かがあるよう思います。いや、これは雪かきに限ったことでも、雪国に限ったことでもないですよね。個人と社会を取り持つものとして第一に法があり、法こそが現代社会では最重要なのだけど、実際の生活には法的枠組みの外側にも個人と社会……というより個人と世間を繋ぐ活動が存在し、その活動によって地元の暮らしが成り立っている一面もあります。自治体の持つ力が大きく、人口密度が高く、法に基づいた社会契約の履行が前景に出ている大都会のど真ん中ではそうした法のソト・かつ世間のウチに属するような活動や慣習は目立たないかもしれませんが、地方においてはこの限りではありません。
振り返ってみると、地方には、そういう法に基づいてやれと言われているわけではない、けれども地域の生活を良くするためにだいたい皆がやっていて、それが世間体やコミュニケーションと紐付けられていることがまだ結構残っているよう思います。それがあまりに自然なこととして、みんなに内面化されているため、普段はあまり疑問に思わないでしょう。しんしんと降りしきる雪は、その、みんなに内面化されていて普段は疑問に思わない雪国人の心構えというか社会慣習というかを作り出す自然条件です。逆に、そういう自然条件がなかったら、人はもっと純粋に法的人間になれて、もっと純粋に個人化され得るのかなぁ……などと雪かきの終わり際に私は思いました。
*1:ゲマインシャフトの意味がわからない人は、「旧来の地域社会」という言葉をあてがっておいて読み取ってください