人生において多感な時期というのがある。
とうに過ぎ去った十代、二十代のころだが、六十代になる今だって年に一日、二日は多感な日がある。
そんな日は何を見ても、何を聞いてもセンサーが反応して、心が動く。
その逆もある。
何を見ても聞いても何も反応しない。
反応したくない。
無感? 貧感?
近頃はそっちの方が多くなっている気がする。

走りながら「浜村淳の歌の宝石箱」を聴いた。
流れた曲は「マイムマイム」「ロンドンデリーの歌」「エーデルワイス」
浜村淳がそれぞれの歌の背景を語る。
イスラエル、アイルランド、オーストリアの歴史。
映画「サウンド・オブ・サイレンス」はオーストリアが舞台で、ナチス・ドイツが圧力を強める中、
ドイツ軍に編入させられるトラップ大佐が家族とマリアを連れ、アルプスを越えで脱出する物語。
ナチスが政権を握った翌年ナチス(オーストリア・ナチス)はオーストリアの首相を殺害した。
そのクーデターは失敗したが、やがてナチス・ドイツが本格的に侵攻すると軍門に下った。
他国の首相、指導者を殺害する。
ナチス・ドイツと同じ犯罪的で野蛮な行為がアメリカとイスラエルの手で行われた。
ナチスには明確な意図があったが、今回は不可解。
明確な意図も、未来予測も、その影響の深刻さへの配慮もない愚かな独断。
金平氏がアメリカの国家安全保障の専門家の記事の翻訳を投稿していた。
(僕も記事をChatGPTで翻訳したら全く同じ訳文だったから、金平氏もChatGPT使ってるのかな)
Joe Cirincione - Bulletin of the Atomic Scientists
トランプのイランに対する戦争は、まったく理にかなっていない。
イランは、アメリカ合衆国や米軍、同盟国に対して差し迫った脅威をもたらしてはいない。イランの核開発計画は休止状態にあり、核兵器の保有へと急いでいるわけでもない。イランのミサイルはヨーロッパの大半に届かず、ましてや北米にはなおさら届かない。
今週、進行中だった交渉は有望な兆しを見せていた。協議によって、イランがウラン濃縮を停止し、厳しく制限するという良い合意に向けて両国は歩み寄っていた。土曜日の朝、協議の仲介役を務めていたオマーンのバドル・アルブサイディ氏はXに「私は失望している。活発かつ真剣な交渉が、またしても損なわれてしまった」と投稿した。
土曜日の朝、空爆が始まると、ドナルド・トランプ大統領はついにこの一方的で違法な戦争の目的を示した。それは「体制転換」だ。これは、大統領選の選挙運動中にトランプ自身が嘲笑していた目標でもある。また、それが成功する可能性は極めて低い。早朝の動画声明でトランプはイラン国民に蜂起を呼びかけ、「我々が終わらせたとき、あなた方の政府を引き継ぎなさい。それはあなた方のものになる」と述べた。さらに後に『ワシントン・ポスト』紙に対し、自身の主な目標はイラン国民の「自由」だと語った。
しかし、トランプの戦略には重大な問題がある。歴史上、空爆だけで打倒された政府は一つもない。
アメリカ合衆国とサウジアラビアは、長年にわたる空爆と70億ドルの支出をもってしても、イエメンのフーシ派政権を打倒することはできなかった。今や、イスラエルとアメリカによるイランへの数週間の攻撃で、数百人の軍および政府の高官が死亡し、多くの軍事施設や核関連施設が破壊される可能性はある。しかし、イランは人口9,000万人、イラクの3倍の面積を持つ国である。
爆撃や暗殺は、不人気で弱体化した政権を不安定化させる可能性は十分にある。しかしその後、ワシントンが退位したイラン国王の息子レザー・パフラヴィーを呼び戻し、新たな君主制を樹立させられる可能性は極めて低い。政治的空白状態では、権力は銃を持つ者の手に渡る。
最高指導者アヤトラ・アリー・ハメネイが死亡したと報じられる中、20万人の隊員と推定100万人の関連民兵組織を抱える革命防衛隊が権力を掌握する可能性が最も高い。彼らは聖職者体制よりも、イラン国民にとってさらに悪い存在になるかもしれない。
トランプが掲げる体制転換という目標は、イラン指導部にとってこの戦争を存亡をかけたものにしている。あらゆる選択肢が排除されていない。
この戦争は予測不可能であり、議会での十分な審議や同盟国との協議もないまま、死と破壊が迫っている。それは一人の人物の衝動的な決断なのである。
トランプは、ディック・チェイニーやリチャード・ニクソンでさえ夢見ることしかできなかったような権力を行使している。彼は、アメリカ国民を戦争へと納得させるために、何カ月にもわたる議論や情報操作を行ったわけではない。民主的な支持を動員するふりさえしなかった。その代わりに、トランプは気まぐれに、ただ自らの命令だけで、単独で、まるで帝王のように戦争を始めたのである。
これは民主主義国家が戦争を始めるやり方ではない。独裁国家のやり方だ。そして、それが良い結末を迎えないことは、私たちがよく知っている。
イランには行ったことがある。
1999年の夏、僕ら夫婦の新婚旅行のつもりで、首都テヘラン、古都イスファハン、
ペルシャ時代のペルセポリス遺跡のあるシラーズを訪れた。
皆既日食を観測するツアーに参加したものだった。
少なからず現地のイラン人とふれ合いもあった。
夜のテヘラン、僕ら二人でホテルの近くにあった移動遊園地で遊んだ。
アフガン国境のマシュハドという町からテヘランに来ていた母娘と観覧車の同じゴンドラに乗った。
4歳くらいの可愛い女の子は日本人が珍しいのか上目づかいで見てずっとはにかんでいた。
フライングカーペットでヒジャブをかぶった若い女性が両手を挙げて絶叫したりしていた。
車座になった女性たちが僕に水タバコを勧める。
一口吸って激しくむせ返ると弾けるように大笑いした。
そんな思い出がよみがえる。
当時もハメネイ師の指導下にあったが、ハタミ大統領の時代で、脱イスラムの改革路線のテヘランだった。
イランには親近感がある。
アメリカとは比べものにならないくらい歴史があり、誇り高く、1億近い人口を抱える大国だ。
ベトナムに敗れ、アフガンに敗れたアメリカが勝てる相手ではないと思う。
新たな911が起きないことを願う。
アメリカも、日本も国力が衰えてゆく途上にある。
ブッシュがその流れに抗い、受け入れた政権は弱腰と非難され支持を失い、トランプ帝国を生んでしまった。
排除すべきはハメネイではなく…自国の独裁者ではないのか。
エレガントに滅びることは不可能なのだろうか。
きょうは一人でパソコンに向かってばかりいた。
トランプの暴挙で世界経済はどうなるのか?
石油高騰、インフレは止められない。
投資銀行はどう動くのか?
そもそも投資銀行は何をしてるのか?
映画「マネーショート」をもう一度観るも、よくわからない。
リーマンショック後に岩波新書で解説書を読んだが、さっぱり忘れている。
グローバル恐慌: 金融暴走時代の果てに (岩波新書 新赤版 1168)
多感なこの子が次々にネットリサーチするのです。

今日はちょっと多感が過ぎる。
疲れた。
3月2日連続でワインを飲んでしまう。
サムネを作ってYou-Tubeチャンネルの投稿。
週末の車いす駅伝のテロップ改訂の指示書を書く。
2015年のカレンダーを使い回している。
3月にチョコレートのラベルが貼ってあった。
バレンタインにもらったのだろうか。

久しぶりに「ドキュメント72時間」を観る。
呉に屋台通りがあるのだ。
最後に登場した老人は、現役の銀行マンで、三つ子の娘を一人で育てた人だった。
一見八十代かに見えたが、僕と同じ68歳(取材当時)だった。
「趣味はないんで、こうして屋台で3000円くらいで贅沢出来るんがええ」
経験してきた人生が濃く重いのだ。
