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2026年3月1日(日) 火 を 放 つ

2022年、北京のときもそうだった。

冬季五輪が終わり、パラリンピックが始まるインターバルに強大国が戦争を仕掛ける。

ミラノ・コルティナ五輪が終わり、アメリカとイスラエルがイランの最高指導者を殺した。

イラン全土にミサイル、空爆攻撃を仕掛けた。

当然、イランは報復に出るだろう。

北京のあとの戦争も終わらず、今も世界は平和ではない。

アメリカがその世界にまた火を放った。

もうすぐ冬季パラリンピックが始まる。

 

 

昼過ぎに走った。

芦屋浜の中央緑道を往復。

月イチでやっている “走れ、歩くな!” チャレンジでいつもは走ったり歩いたりしてるのを

歩かずに往復4キロキープランニング。

今日は身体が重かったが、天気もいいし、あすは天気が悪そうだと強行する。

アプローチに3キロだから合計7キロは以前なら毎日走れた距離だが今は堪える。

1月は4キロを34分台、2月は31分台とペースが上がったが今日は38分もかかってしまった。

実際にはやむを得ず2分停まってしまったので36分台だろう。

悔しい思いもあるので、3月は毎週トライしてみよう。

 

 

中央緑道の植え込みのサザンカが盛大に花びらを散らしている。

椿も咲き始めて、こちらは花(花首)そのものをボトンと落としている。

サザンカの花は散る、椿の花は落ちる。

AIの花の名前判定アプリもサザンカとツバキはしばしば間違える。

散るか、落ちるか、これがもっとも確実な識別基準だと思う。

 

午前中は東京マラソンをTVerで観戦した。

大阪マラソンと同じように、一人のランナーが飛び出して、終盤に失速して下位に沈む。

うまくはいかない。

 

前半15キロくらいで集団から遅れる選手がいる。

中継が「〇〇選手がこのペースについていけません。集団から遅れ始めました。

10メートル、20メートルのその差は広がっていきます」とアナウンスする。

あれはたぶん僕だ。

あれは、たぶん僕だ。

遅れ始めたのは、大学に在学していたころだったと思う。

みんなが就活用のスーツを揃え、髪を切り、同じ方向を向いて走り出したあたりから、

僕はどこかでペースを見失った。

差は、そんなに大きくなかったはずだ。

「まだ追いつける」と思える距離だった。

けれど、追いつこうとしなかった。

それが自分だ。

競技そのものからリタイアしてしまった。

マラソンを見るといつもそう思う。

 

去年から日録掲載の写真にウォーターマークを入れている。

意図は特にない。

なんとなく写真が見映えするのでは? という勝手な思いこみ。

3月になってしまった。

夏に始めて「夏景2025」「秋景2025」「冬景2025」 年を越して「冬景2026」

今日から「春景2026」のウォーターマークをCanvaで作った。

 


午後、走って、グンゼスポーツへ行き、ストレッチをして風呂に入る。

4月にある若狭小浜マラソンの10キロにエントリーして、参加費を支払う。

大浴場で「わし、昨日間違えて来てな、休みやったんや」とオッサンの会話が聞こえる。

帰宅後、amazonで購入した一升瓶の「甲州辛口」をボトルに移し替えて冷蔵庫に入れておく。

 

夜、「テミスの不確かな判決」の6話を観る。

成海唯が相変わらず可愛い。

ドラマは俄にシリアスな展開になってきた。

 

 

shioshioessay.hatenablog.jp

 

*きょうも燃え殻エッセイ風変換ありです。

 

 

マラソンを観ていると、いつも少しだけ胸がざわつく。

先頭集団は、だいたい静かだ。
風を切る音と、規則正しい足音だけが、テレビ越しにも伝わってくる。
その均衡が崩れる瞬間を、実況アナウンサーは見逃さない。

「〇〇が集団から後れ始めました。10メートル、20メートルと差が広がっていきます」

その声は、やけに正確で、やけに冷静だ。
たった10メートル。たった20メートル。
数字にすると、それくらいの距離なのに、
画面の中ではもう、取り返しのつかない差みたいに映る。

遅れた選手の表情が、一瞬だけアップになる。
歯を食いしばっているのか、もう諦めかけているのか、
こちらには分からない。ただ、背中だけが少し遠くなる。

あれは、たぶん僕だ。

遅れ始めたのは、大学に在学していたころだったと思う。
みんなが就活用のスーツを揃え、エントリーシートの締切に追われ、
同じ方向を向いて走り出したあたりから、
僕はどこかでペースを見失った。

10メートル、20メートル。
差は、そんなに大きくなかったはずだ。
「まだ追いつける」と思える距離だった。

でも、実況は続く。
差は少しずつ、確実に広がっていく。

気がつけば、僕のまわりには誰もいなかった。
沿道の声援も、先頭集団のためのものに聞こえる。
それでも足は止めなかった。
止めなかったというより、止める理由も見つからなかった。

マラソン中継を観るたびに思う。
あのとき後れた選手は、
本当に負けたわけじゃないのかもしれない、と。

ただ、自分のペースに戻っただけなのかもしれない。

テレビの音量を少し下げる。
実況の声が遠のくと、
遅れて走る選手の呼吸だけが、
やけにリアルに聞こえる気がする。

 

 




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