12月に入って二日連続でお出かけ(京都と六甲山)した。
さすがに疲れている。
でも、きょうは仕事。
朝から会議、昼イチで会議。
夕方から眼鏡堂氏と京都合流の予定だったがパスさせてもらう。
体調を理由に楽しめないと判断して回避する という選択は若い頃にはなかったな。
いまは人と吞みにいくのも連チャンは無理だ。
独酌はありだけど。
疲れていたせいか、うっかりのせいか、忘れものをした。
定期券と駐輪場のカードがいっしょになったカードケース。
駐輪場は車体にシールが貼ってあったので申告して問題なく停められた。
定期券はそういうわけにはいかない。
久々に自販機でキップを買う。
昔は当たり前にしていたのに特別なことのように感じる。
西宮から京橋まで320円、往復640円。
けっこうな値段だ。
店で瓶ビールが飲める。
忘れたのは登山用のザックに入ったままだった。
あるあるといえばあるある。
老化といえば老化。
昨日、三宮のスクランブル交差点(狭い交差点で5メートルほどでクロスに渡れる)で危ない目に遭った。
何を勘違いしたのか歩行者信号が青だったのを見てさっさと渡った。
ヒロが来ないので振り返ると…
原チャリが突っこんできた。
スクランブル交差点の歩行者信号が青だと勘違いして、僕の渡った横断歩道は赤だった。
認知症?
じゃなくても予備軍のM C I ?
もし交通事故に遭っていたら「重症を負った68歳の男性は認知症でした」と報じられるのかも。


『平場の月』』@MOVIXあまがさき
たまっていたポイントで観た。
16時の上映、尼崎は一日一回なので30人くらいは入っていた。
大人の男女の心の機微を繊細に描き、第32回山本周五郎賞を受賞した朝倉かすみの同名恋愛小説を、堺雅人主演、井川遥共演で映画化。中学時代の初恋の相手同士が時を経て再会し、ひかれ合っていく姿を描く。
妻と別れ、地元に戻った青砥健将は、印刷会社に再就職し平穏な毎日を送っていた。そんな青砥が中学生時代に思いを寄せていた須藤葉子は、夫と死別し、現在はパートで生計を立てている。ともに独り身となり、さまざまな人生経験を積んできた2人は意気投合し、中学生以来の空白の時間を静かに埋めていく。再び自然にひかれ合うようになった2人は、やがて互いの未来についても話すようになるのだが……。2025年製作/117分/G/日本 配給:東宝 劇場公開日:2025年11月14日

人は期待しているものを観られないと自動的に低評価を下す。
先日観た「落下の王国」などは映画にストーリー性やサスペンスを期待する人にとっては低評価だろう。
期待外れ、駄作、意味不明 とかのレビューがアップされている。
僕は事前に楽しむポイントをヒロから聞いて、予告編を見ていたので楽しめた。
「平場の月」だ。
僕は朝倉かすみの原作に心動かされて、お気に入りの作品となり、
現状では生涯ベスト10にランクインするほど魅せられた。
表現力不足でこの小説の何がいいのかは他人に説明出来ない。
読み終えたときに映画化したらいいな、と思った。
しばらくは「平場の月 映画化」で何度も検索したりした。
そんな偏愛の作品がついに映画化された。
映画で初めて物語を知る人のように、シンプルに映画を評価するのは難しいだろうな、と思いつつ観た。
で、結論、映画はよかった。
小説の世界がイメージ通りに表現されていたと思う。
出来不出来とか、好き嫌いとか、でなく、本を読んだ、映画を観た、その世界に身をいたその時間、
自分の中に湧き出てきたものを味わえたらそれでいい、と思った。
須藤葉子と青砥健将を、行間に、スクリーンに感じられたらそれでいい、と思った。
朝倉かすみ「平場の月」を読んだのは2019年の夏だった。
puyoneko2016.hatenablog.jp日記に読書感想文は書かれていない。
何日かにわたって断片的な感想のみ。
自分の日常に須藤と青砥が染みいるのを感じていたのだろう。
時系列を無視して並べてみた。
3ページを残して吉野家へ入った。
もう須藤葉子は死んで数ヶ月が経っている。
「ちょうどよくしあわせなんだ」
最後は吉野家のカウンターで牛皿で冷酒を飲みながら…という気分だった。
これくらいがちょうどいいと思う。
もし収入が減って自由に使えるものが少なくなってもこれくらいの贅沢はしたい。
帰りにマンダイスーパーへ寄って神の河のミニボトルを買った。
最近はウヰスキーばかりだったけど口当たりマイルドなこんな麦焼酎もいい。
「ちょうどよくしあわせなんだ」リストに入れたいな。
ポスプロ編集、ニュース斑会、一仕事終えると梅雨の晴れ間。
湿気もほどほどで過ごしやすい。
久しぶりに映画見ようか。
いや眠ってしまうだろうな。
今読んでいる本が面白い。
本を読むならひとりサイゼリヤだろう。
でも、昨日も同じようなことを考えて駅前ビルの店に行ったけどただ飲んでただけだった。
飲んでしまうと読みながらすぐに回想モードに入ってしまい前に進めない。
「平場の月」はそんな類の本だ。
で、今日も。
自転車の二人乗りというシーンで回想モード。
あれは1978年の4月だったか…大学1年生 19歳。
クラスのコンパのあとだった…彼女(Aさん)が夜の金沢で自転車の荷台に乗ってきた。
10メートルほど二人乗りしたら、ほどなく後からパトカーが来て
「そこの学生、二人乗りはやめなさい」と注意された。
彼女は飛び降り、僕も停まって直立不動。
二人して爆笑した。
なんせ酔ってたから。
40年以上前のことを思い出す。
もう帰ろう。
駅からの帰り道、記憶力テストをしながら自転車をこぐ。
♫ 汽車を待つきみの横でぼくは…
ほくは何をしてたのだろう?
煙草をくわえてた?
いや違う。
汽車を待つ、東京のどこかの駅が舞台だったか。
ぼくは何をしてたのか?
そうか、時計を気にしてたのだ。
きのうは高校野球の現場、きょうは水泳の飛び込みの選手の編集作業。
まあ、ほどよく仕事がある。
「ちょうどよくしあわせなんだ」である。(朝倉かすみ「平場の月」より)
本音はも少しのんびりしたいし、もっとガッツリした手応えのある仕事をしたいけど、
もう分かっている。すぐに弱音を吐くに違いないし、能力がついていかない。
ほどほどでいい。
「ちょうどよくしあわせなんだ」なんて贅沢言ってられる。
映画を観てのメモランダム。
小説の第一章「夢みたいなことをね。ちょっと」の冒頭にちょっと読者は惑わされる。
え、これいつのこと? いま? 過去?
過去と現在が説明もなしに自在に交錯するのだ。
最初はとまどうが、この構成がじわっとくるのだ。
映画みたいだなと読みながら思った。
でも、映画の冒頭は違った。
おそらく試みたのだろうが、うまく行かなかったのかな、と推測する。
ずっと須藤葉子のキャスティングが気になっていた。
井川遙。
ふーん、なるほどね。
そうなったのか、という感じだった。
ビンゴ!ではなかったが、拒否感はなかった。
正統派の美人というイメージだったので多少の違和感はあったかな。
映画を観て違和感は消えていった。
いろいろ経験して、少し人生に疲れた感じが出ていた。
須藤風にいえば まあ、いろいろあったんだよ な女性に見えた。(笑)
美形なだけに、面倒くさいこともいろいろあるんだよね と逆に映画の須藤に同情して感情移入してしまった。

原作を読みながらイメージしていたのは…
二人の「夢みたいなことだよ」とか「会わせる顔がないんだよ」が聞いてみたい。


彼女の須藤葉子があってもいいなと想像してしまった。
焼き鳥屋の主人が塩見三省。
原作にはなかったと思う。
平場の居酒屋にこんな人いるいると思いつつ、
ラストシーンでいい味だしてたな。
映画「光の雨」のプロデューサー役がどハマりで強く印象に残っていた人。
愛読してるブログ「一日の王」で彼の自伝的エッセイが紹介されていた。
図書館で予約した。

中学時代の二人のシーンも丁寧に描かれている。
なにを見ても、なにかを思い出す人には刺さる。

MOVIXあまがさきで独りで映画を見たあとは「日の丸商店」と決めていた。
6時半過ぎ、いつもは常連客で満員のカウンターがぽっかり空きがあった。
冷えこむので熱燗(黄桜 黒獅子)から始める。
おでんを二種、こんにゃくと平天。


Kindleで「平場の月」の冒頭を読みながら吞む。
この第一章「夢みたいなことをね。ちょっと」はこれだけでも傑作だと思うほどエモーショナルだ。
熱燗が喉にしみる。
焼酎「佐四郎」水割りと目玉焼きを注文する。
ブログ「一日の王」のブックレビューと映画レビュー、
映画の冒頭とラストに流れる歌「メイン・テーマ」についての記事を読む。
脳内で口ずさむ。
🎵 愛ってよくわからないけど 傷つく感じがいいね
作詞は松本隆、さすがですね。
もう1杯、佐四郎を今度はロックで。
〆にボリュームあるスープ餃子。
「平場の月」で飲む酒、いつもより1杯分多め。
つい酒が進んでしまった。