
12月、しばらく仕事はしない。
先日、若狭街道の熊川宿へ日帰りしたように、独りで山科の毘沙門堂門跡へ行く。
尼崎で新快速に乗り換える。
パントリーで醤油あられの小袋も買う。
午前中から山科まで吞み鉄モード。
山科の街、というか里を歩くのは大文字山へ登ったとき以来か…。
駅の北側には静かな住宅が広がる。
洛東高校の側を抜けて、琵琶湖疎水沿いに歩き毘沙門通りを北へ登っていくと毘沙門堂がある。
あまり馴染みのない山科を歩くのはそれだけで新鮮で面白い。

紅葉の隠れた名所、と紹介されている毘沙門堂門跡は平日なのに混雑していた。
京都に隠れた名所なんてないのかもしれない。
誰にも会わなかった経験があるのは、伊藤若冲の墓がある伏見の石峰寺くらいかな。
あれはコロナ過だったと思っていたが違った。
2024年2月8日(金) 洛 中 若 冲 散 歩 - ぷよねこ日々御留書 since2023
モミジが落ちた参道の “ 敷き紅葉 ” が有名だというが、あれは雨上がりの霧の朝限定で、
参道は人が歩き、敷き紅葉というより踏まれた葉で、さほど美しいものではなかった。
彩度をアップした写真 ▼

撮ったままの写真 ▼

気温は20℃近くあってポカポカ陽気。
琵琶湖疎水沿いのベンチでSIZUYAで買ったカルネを食べる。
疎水に客を満載した観光船が通っていく。
洛東高校のグランド沿いに紅葉した立派な樹が立っていた。
「区民の誇りの木 モミジバフウ」と木の看板がある。
吹田の三色彩道や、僕が勝手に名づけている芦屋浜彩道の並木と同じモミジバフウ、アメリカ楓ともいう。
こんな立派な巨木になるのだ。




山科駅から地下鉄東西線で京阪三条へ出る。
(京阪電車と相互乗り入れしている。山科から浜大津方面と六地蔵方面に分かれる)
「しのだ屋食堂」でひさびさに 皿盛りを、と思ったが午後2時過ぎでも満席だった。
昼ごはんの店を探し彷徨う。
酒が飲みたいわけではない。
三条の蕎麦屋は定休日、新京極の「三満寿」は閉店していた。
「新京極スタンド」も覗くが…満席。
結局、京阪四条まで歩いて、SIZUYAでカツサンドハーフを買い、
もよりやで白角水割り缶を買い、京阪プレミアムカーで吞み鉄することにした。
京都からの帰り、何だか毎回同じことをしている。

今夜は仕事場仲間と呑み会の予定がある。
最初は京橋のとんかつ「あもん」で豚しゃぶのつもりだったが、紆余曲折、なんばの「とり一番本舗」になった。
待ち合わせに2時間ほど時間がある。
昼から酒を飲んで、かなり歩いたので、疲れていた。
仕事でも無いのに会社の休憩室で休ませてもらう。

「とり一番本舗」はかつて尼崎にあって、番組の打ち上げや忘年会でよく通った。
けっこう流行っていたのにいつのまにか店をたたんでしまった。
聞くところによると人手不足だったようだ。
いまは難波にこの本店があるだけ。
先月だったかA藤からのLINEで知った。
いまこの店がある難波元町あたりには昔に来たことがある。
バリバリ昭和な映画のセットみたいな「能登屋」という居酒屋がある。
思い出した。
ここで一度だけ飲んだことがあった。
ここらを歩いていると、かなりのアウェイ感を感じる。
東京の池袋あたりの裏町を歩いているようなで(テキトーなイメージ)、悪くない。

約10年ぶりの「鳥一番」、僕60代、A藤、A木は50代になったばかりか、I田が40代後半で最年少。
焼き肉のように卓で焼く鶏肉、鳥と野菜鍋、ちゃんぽん麺、最後はおじや。
麺と飯の二段締めはかつての尼崎でも定番だった。
A藤が手慣れた調子でオプション込みで注文する。
ビール小グラスとあとはハイボール3杯。
ハイボールはめちゃ薄くてほとんど酔わなかった。
*追加写真あり



僕らが取材対象として見てしまうから全国レベルなのだが、普通に地区代表は凄い。
自分のことを考えて…思い直す。













