
斉藤哲夫というフォークシンガーは僕にとって極めて個人的な記憶の中にある。
こういう日録(ブログ)に書いて共有するのは難しいかなと思った。
台風15号上陸。
関西ではさほどの被害もなかったが、東海道新幹線が静岡県内でストップして乗客がしばし立ち往生した。
日本ハムの選手を乗せた列車も遅れ京セラドームの試合開始が19時半になった。
同じく新幹線移動の斉藤哲夫さんも大阪入りが遅れ、ライブは1時間遅れで前座が終わった8時から始まった。
雨の金曜日。
台風上陸と聞いていたので早めに出る。
きのうの夜は雨で、自転車を駅の駐輪場に置いてきたので、阪神香櫨園駅まで歩く。
さほど雨は降ってなかった。
テロップの修正が2箇所あった。
東通とやりとりして無事修正する。
マスターのファイリングルームにディスク搬入を済ませて担当週を終える。

雨は上がっている。
いまも路面電車で毎日 通勤通学している人が2025年にいるのだ、との感慨あり。
何の感慨か分からないけど。
昭和ここにあり、みたいな?
姫松で下車。
ここは二年前に来たことがある。
加川良の大好きなアルバム「アウト・オブ・マインド」のジャケットの駅だ。
ライブハウスはここから徒歩二分のところにある。
帝塚山の交差点、東の空に月が出ている。

セルジオが待っていた。
ほどなく同じくセルジオが誘ったFM宝塚関係の女性が現れる。
30分遅れて前座(上野の知り合い)が始まり、8時に斉藤哲夫さん登場。
スタンディングでギターの弾き語り、汗をかきながら1時間半。
「されど私の人生は」「さんま焼けたか」「ダンサー」
まさかの「いまのキミはピカピカに光って」
そして、ラストは「吉祥寺」
斉藤哲夫、まさか生の「吉祥寺」が聴けるとは思わなかった。
歌う人、聞く人、ともに生きていることが唯一の条件。
歌う人75、聴く人68歳。
生きててよかった。
最高の時間だった。
誘ってくれたセルジオには無条件感謝です。

斉藤哲夫というシンガーを知ったのは五つの赤い風船の解散コンサートのレコードだった。
「ゲームは終わり」という2枚組アルバム。
ゲストが出演する2枚目に斉藤哲夫が「吉祥寺」を歌っていた。
ハスキー?スモーキー?な声質と、今で言うオフビートなトボけた感じの歌い方が印象に残った。
「吉祥寺」って何だ? と思ったが東京の地名であるjことを初めて知った。
僕はまだ愛知県の田舎の高校生だった。
その「ゲームは終わり」で好きになったのは斉藤哲夫の「吉祥寺」と中川イサト(五つの赤い風船の元メンバー)の「その気になれば」の2曲だった。
どちらの曲も映像が浮かんだ。
「吉祥寺」春まだ浅い3月の晴れた日、一軒家とアパートが入り交じる東京の郊外にある住宅街、家の庭にはモクレンの花が咲いている。そんな路地をジーンズを履いた男が歩いて行く。
🎵 くわえ煙草で 足踏みしながら 僕を迎えてくれる君の笑い顔にも
きのうの疲れの中に 寂しさが残ってる 久しぶりじゃないか
待っているのはロングヘヤーの友か、久しぶりに会う彼女か。
「その気になれば」は夏の終わり、関西のとある海辺の街。水色の電車で行く先はおそらく須磨海岸か…。海の家、よしず張りの日陰でみぞれ氷を食べる。海は夕焼けに染まる。
🎵 時間を数えてみせる コーラを飲む 煙草を吸う ポケットをさぐる 金は ある
金は…ある、というのがいい。ちょっとフェイントがかかってて面白い。
あ、あるのか(笑)…と。

「バイバイグッバイサラバイ」というアルバムを買ったのは高校生か受験浪人の頃だった。
1976年発売とあるから浪人の頃だったかな。
当時、新聞配達をしていて、このアルバムを目覚まし替わりに聴いた。
いまでもこのアルバムを聴くとまだ暗い誰もいない商店街を思い出す。
全曲憶えている。
そんなアルバムは人生で10枚もないだろうけど、その中の一枚。
収録されている「ここは六日町あたり」は、そのころの早朝の風景を思い起こさせる。
🎵 なんとなくまっすぐなハイウェイを なんとなく曲がった気分で
まだ夜の明けきらない街から 国道17号線を北へ
風弱くゆるやかに 窓の外は冬ごもり
僕はまだ18歳、微分積分や、フレミングの右手の法則や、安山岩とか流紋岩の生成とかのことを暗記していた。
そのころに斉藤哲夫を聴いていたのだ。
いまは全部忘れて阿呆になってしまった。
初めて生で見た斉藤哲夫さんは白くなった髪を短く切ってさっぱりしたおっさんだった。
ジャケット写真にあるロン毛(当時は長髪と言った)のイメージがあったので最初は分からなかった。
イメージより小柄で、関東言葉で話すので、なんとかく江戸の落語家っぽく、脇役俳優っぽくもあった。
セルジオによる脳こうそくを二度したのだとか。
以来、負担のないようコントロールしているそうな。
「このステージが終われば、昔は吞みに行ったりしたんですが、いまはホテルに帰ってバタンキューです」
ステージの最後にも「健康が一番の幸せです」と。

弁天町で万博帰り、西九条でUSJ帰りの客がどかんと乗りこんでくる。
内回りにすれば良かった。
西宮駅に着いたのが23時過ぎ。
きのう置いたままの自転車で帰ろうと駐輪場へ行くが、自転車のカギがない!
歩いて出るとき、家のカギを持って出るのを忘れた。
自転車のカギは家のカギと同じカラピナにつけているのだ。
タクシー乗り場に行列が出来ている。
仕方なく歩いて帰る。
片道3キロ弱の夜道。
歩き始めは涼しいと思った湿気ですぐに蒸し暑くなる。
歩きながらアルバム「バイバイグッバイ…」を全曲聴く。
そういえば斉藤哲夫さんがステージで友人の瀬戸口修のことを話していたな。
僕はこの人の「ノブはボクサー」をシングル盤で買った記憶がある。
いまは便利、You-Tubeでサーチして「ノブはボクサー」を聴いた。
1976年発売だから、斉藤哲夫「バイバイ…」と同じ頃だ。
思い出は思い出を呼ぶ。
何を見ても何かを思い出す。
極めて個人的な日録でした。
*追加写真あり





