
朝さんぽ、きょうは少し変化球。
通勤用自転車でセブンイレブンへ行き、ホットコーヒーとミニドーナツボール(ホイップクリーム入り)を買う。
ラジオ体操をして、御前浜を見渡せるベンチで珈琲&ドーナツ。
きょうは釣り人が多い。
みんな何を釣っているのかな。
ベンチに座ったまましばらく最近ハマっている燃え殻氏のPodcastを聴いた。
ラジオ番組そのものではなく連携企画。
雑誌BRUTUSのWEB版で連載された「明けないで夜」というエッセイを朗読するいうポッドキャスト。
その一回目、思わず聞き入ってしまった。
不意を突いて感銘を受けた。
上に貼ったリンクから全文読めるが半分ほどをそのままコピペさせてもらう。
「僕は横断歩道で、信号が青に変わるのを待っている」で始まる。
隣に三十代くらいのカップルがいて、彼らもまだかまだかと待っていた。待ちながら、男のほうが興奮気味に、「しかし、さっきの肉うまかったよなあ〜」と言った。茶髪だが根元のほうはもう黒くなってきている女が、「絶対人生で一番うまかったと思うわあ」と唸るように言う。「わかるわあ」男も唸った。
女は男の腰に手を回し、「やっぱ、瓶漬けカルビだよね」とへばりつく。信号が点滅してから青に変わった。満面の笑みのふたりは、抱き合うように横断歩道を渡っていく。男は黒のジャージ上下に黄色のスニーカー。女も黒のジャージの上下に、発光しているみたいなピンク色のスニーカーを履いていた。
僕は信号が青になったのに、数秒動けなかった。美男美女というわけではない。申し訳ないが大金持ちという感じでもなかった。でも、とてつもなく幸せそうなふたりを見て、僕は数秒動けなくなった。信号を渡って、僕はとある映画館のトークイベントを観にいく予定だった。「ゴダールとトリュフォー、そして映画史について」という内容のイベントで、上映するポスターのデザインはもちろん繊細で美しく、トークイベントで登壇する脚本家は、雑誌でも引っ張りだこの知人の男だった。ここだけの話、僕はスタジオボイスや洋書、海外の写真集などを、ロクに読むわけでもないのに本棚に並べ、「違いのわかる男」を演出するようなペラペラ人間だ。過去におしゃれな雑誌のインタビューで、「最近のオススメしたい一本」という質問に、まったく面白さを理解できなかったのに、評価がバカ高かったイラン映画を「最近観た中だと、これですかね」と、したり顔で紹介したことがあるスカスカ人間だ。
年齢も五十を迎え、なんとなくゴダールやトリュフォーも理解している自分になりたいとここ数カ月思っていた。そこにきての「さっきの肉うまかったよなあ〜」だ。ゴダールの映画よりも、その日の僕には芯から響いてしまった。芯から響いて、しばらく彼らを尾行してしまった。
東京メトロの改札をくぐり抜けるように、彼らはなんの躊躇もなくパチンコ屋に入っていった。「よし!」僕は心の中でガッツポーズをする。彼らは一点の曇りもなく、自分に正直に生きているように見えた。
行きつけの渋谷の居酒屋には、畳敷きの座敷があって、そこでこの間、日本酒の飲み比べを常連のお客さんたちとしていたら、すっかり酔っ払ってしまい、気づいたら朝になってしまった。座布団を二つ折りにし、枕にして眠っていた。畳の上に直接寝てしまっていたので、背中が痺れて「イタタタ……」と言いながら目が覚めた。入り口のガラス戸が明るい。朝だった。
「起きたの?」店のアルバイトの女の子が、温かい焙じ茶を入れて持ってきてくれた。「もー、いくら毛布掛けても剝いで剝いで、大変だったんだから〜」と彼女は笑う。僕は自分が毛布に包まっていることに改めて気づく。毛布の柄は、サンリオのキャラクター『ぐでたま』だった。僕の足が隠れるように『ぐでたま』の毛布を掛け直してくれている彼女のマニュキュアも、『ぐでたま』なのが確認できた。だからなんだと言われても困る。もう、あまり肩肘を張らずに生きていきたいと、そのときしみじみと思った。またすぐ、肩肘を張ってしまいそうな自分もいるが、その日の朝、僕は確かにそう思っていた。
燃え殻さんと同じく、スカスカでペラペラ人間な僕は海の見えるベンチで同じように
自分を大きく見せようと思わず、正直に生きていこうと改めて誓った。
午後から出勤、デスクで頼まれていた動画のテロップを作る。
作業が終わるころ、隣の席の女子が話しかけてきた。
「シオダさん、わたし結婚したんです」
左手のくすり指の指輪を見せて言う。
「え? あ… おめでとう。え、いつ?」
突然の報告に気の効いたことも言えないまま、彼女は相手のことやこの先の仕事はどうするか、とかを話す。
「でも、驚いた。〇〇はいまいくつ?」
「つい最近二十四になりました」
「若いね、いまどき珍しいんじゃない。でも、いいか、若ければやり直しはきくし」
「縁起の悪いこと言わないで下さいよ」と笑う。
我ながらサイテー。
やっぱり自分は老人になっても如才なく立ち回れないスカスカ人間だなと思った。
「わたし結婚したんです」
彼女は心から嬉しそうだった。
けさ聞いたエッセイに出てきたカップルと同じく、そういう素直な感情表現が僕には眩しいのだよ。
社食でカレーライス小(140円)を食べて帰宅。
あすからの福井、金沢行のパッキングを済ませる。
Netflixで配信されたのを知って8月15日はこの映画を観ると決めていた。
きょうは同じ映画を地上波でも放送していたのをヒロが観ていた。
太平洋戦争終結間近の神戸を舞台に、戦災孤児の兄妹が懸命に生きる姿と、彼らがたどる悲劇的な運命を描いた名作アニメーション。神戸の大空襲を体験した作家・野坂昭如による直木賞受賞短編小説を、スタジオジブリの高畑勲監督が映画化した。
昭和20年、夏。父が出征中のため母と3人で暮らす14歳の清太と4歳の節子は、空襲によって家を焼かれ、母も亡くしてしまう。2人は遠縁の親戚宅に身を寄せるが、次第に邪魔者扱いされるようになり、ついに耐えきれなくなった清太は節子を連れて家を飛び出す。防空壕に住み着いた彼らは、2人きりの貧しくも楽しい生活を送り始めるが……。1988年製作/88分/日本 配給:東宝 劇場公開日:1988年4月16日

有名なアニメ作品だが、観たのは初めてだった。
後半、二人がニテコ池の壕で暮らし始めた頃から涙腺が刺激された。
これは反戦映画ではない。
家族の映画だと思った。
僕にも妹と弟がいる。
遠い昔、僕が清太と同じか、少し幼い頃、弟を連れてちょっと遠いところへ遊びにいったことを思い出す。
あのとき、僕は庇護者になっていた。
この幼い弟を守らねば、と思っていた。
その時のそんな感情がわき上がった。
その弟はいま音信不通だが。

情報として知ってはいたが、三宮駅や西宮の各地が映画の舞台になっている。
夙川オアシスロード、回生病院、ニテコ池…
そして何よりも、兄妹が二人きりで海水浴をする静かで美しい海のシーンは毎朝散歩している香櫨園浜(御前浜)だ。
【聖地巡礼】「火垂るの墓」 兵庫県西宮市内のスポット – 西宮流 (にしのみやスタイル)

見終わって冒頭のシーンを思い出される。
三宮駅構内で死んだ清太。
投げ捨てられるサクマドロップの缶。
中から節子の遺骨がこぼれ出す。
「ホタル、なんですぐに死んでしまうん?」
「にいちゃん、節子のおなかおかしいねん。」
かなしい。