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2025年6月23日(月) つ ゆ ぞ ら

 

6月23日、80年前に沖縄戦で旧日本軍が敗れた日。

何をもって終結としたのだろう。

岡本喜八の映画「沖縄決戦」を見たが、正確には憶えてない。

牛島中将の自決?

 

朝から雨。

さくら夙川駅まで歩く。

途中の公園、川添公園というのか、その生け垣のクチナシがしっぽりと濡れていた。

思えば、クチナシという花は歌謡曲きっかけで、その香りの強さで若い頃から知っていた。

歩きながら聴き逃し配信で「高橋源一郎飛ぶ教室」を聴く。

台湾出身の漫画家でイラストレーターの高妍(ガオ イェン)がゲストだった。

高妍(ガオ イェン)はまだ30歳にならない若い女性で、片言の日本語が可愛い。

「緑の風」「隙間」という作品が紹介される。

そうか、彼女は村上春樹の「猫を棄てる」のイラストの人か…。

彼女も村上春樹のファンだという。

 

 

出勤して編集の準備をする。

最近はなるべく仕事は会社のデスク、パソコンでするようにしている。

夕食は社員食堂でかけうどん。

さくら夙川駅からの帰り、雨は上がっていた。

ラジオでNHK「ジャズ・トゥナイト」を聴きながら、ローソンで買ったトリハイ缶を飲む。

歩き吞み?

ギターのケニ・バレルの特集が夜の闇に合う。

 

帰宅後、ぺこりーのさんのYou-Tubeを観る。

若き日の夏の思い出はクソばかりだという話。

年老いてからの数倍はビビッドに傷つく。

いまは傷ついたことさえ懐かしい。

それがクソな思い出だとしても、愛おしい。

 

    

 

昼ごはんの鮪のやまかけ。とろろの残りはご飯にかける。

くちなしの花を見るたびに思う。
時の流れは無慈悲である、と。

 純白の花と茶色く朽ちてゆく花のコントラスト。

村上春樹の短編の冒頭を思い出す。

歳をとって奇妙に感じるのは、自分が歳をとったということではない。

かつては少年であった自分が、いつの間にか老齢といわれる年代になってしまったことではない。

驚かされるのはむしろ、自分と同年代であった人々が、もうすっかり老人になってしまっている……

とりわけ、僕の周りにいた美しくて溌剌として女の子たちが、

今ではおそらく孫の二、三人もいるであろう年齢になっているという事実だ。

(「ウィズ・ザ・ビートルズ」より)

 

 




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