
えい! と気合いを入れて刈谷の母に会いにいく。
母に会うのが億劫なわけではない。
遠くへ出かけるのが面倒に思えたのだ。
先週の金剛山の疲れが残っているのかな、と疑った。
それはあるにはある、それだけでもない。
自分は神さまに試されているのかも、と思い始めた。
これくらいの疲れがあると、おまえは動きたくなくなるのかい?
だったら、動き続けるペースをもう一段階落とそうか?
月イチくらいでいいのかい?
いやいや神さま、もう少し動ける身体をキープしたいです。
…と自問自答した。
人間は動かなくなると仕舞い支度をし始める。
金剛山くらいなら毎日登るくらいの体力はある…はずだ。
朝、少し寝坊して出遅れる。
きょうは終日天気がいい。
昼間は半袖、車内はエアコン冷えするからパーカーを持って行く。
JR西宮から鶴橋、鶴橋からアーバンライナー(特急ひのとりではない)のデラックスシートで近鉄 名古屋へ。
復路は東海道本線で名古屋、新幹線ひかりで新大阪、東海道線で西宮へ帰る。
やっぱり新幹線は楽だね。
往復10000円弱。
どこかへ立ち寄ったりしない限りは少し贅沢して往路も復路も新幹線にしよう。
カード式になり、使い勝手が悪くなった青春18きっぷは3日連続使用で10000円。
よほど行きたい場所が他にない限り使う価値はない。
前回の帰省は1月だった。
名古屋市役所と市政資料館へ寄った。
otomegaki.hatenablog.jp今回は前述のように疲れいるし、特に行きたい場所もない。
奥三河の湯谷温泉や鳳来寺山もリストアップしたったが、山登りは無理。
たのしみは名古屋のグルメだ。
いや、美食探求とはほど遠い。
単にホーム感のある食べものを味わいたいだけだ。
たまに食べる懐かしの味はいい。
ずっと食べてたら飽きるのは自明だが。
今回は、朝はアーバンライナーで鶴橋駅のロッテリアで買ったBLT バーガーと珈琲。
これで満足できる。
高島屋のデパ地下で鮨と日本酒を買い居酒屋新幹線? と迷ったが、久々なので山本屋の味噌煮込みにした。

母は92歳、会うのは1月以来4ヶ月ぶり。
自室からリビングまで支えられながら歩いて出てきた。
4ヶ月前より耳が遠くなっていた。
由美子か、由美子の旦那が筆談用に用意してくれた電子メモパッドがあった。
補聴器は嫌がるらしい。
たぶん合わないと苦痛なのだと思う。
その分、眼はいい。
眼鏡なしでテレビのテロップが読める。
八十代で白内障の手術をしてから老眼鏡も不要だそう。
1970年の大坂万博に中学生だった僕らが一泊旅行したことを話すと憶えていた。
いま万博が開かれていることは分からなかった。
iPhoneで2ショットを自撮りする。
見せると「すごい婆さんだね」と驚き嘆く。
私はこんな婆さんになったの?
そして「やっぱり親子だね。似てるね」とも。
僕自身はそれほど似てるという自覚はないのだが、他人にはよく似てると言われる。
僕ももうすぐ七十だよ、と大きな声で伝える。
ボードに「68歳」と書く。
母が「へえー、そんなになった?」と驚く。
あなたは92歳だよ。
「へええ、そんなトシになった!」と驚く。
母の実母が亡くなったのは77歳、父が亡くなったのは80歳、父方の父は88歳、母は87歳没。
全員を越えてしまったね。
でも、こうして並べてみると、一昔前のことだから、長生きの家系だったのかも。
父は享年59は自滅なので計算には入れないが。

足腰の衰えは隠せない。
静かにソフトランディングしているように思う。
いまこの時期、食事や風呂、世話をする妹の由美子は大変だろうと思う。
いまさら代わってやれない。
母本人も馴染めないだろう。
由美子には感謝しかない。
次に会えるのは夏かな。
自分もしっかりしないとね。
名古屋駅あたりの雑踏を歩く。
ランダムに動く流れで、少しとまどい立ち止まる自分がいる。
まだぶつかることはないが、衰えは隠せない。
また何度も書くが、同じように手の細かな動きにぎこちなさ感じる。
引っかかるというか、手につかないというか、こわばっているというか。
これもフレイルの兆しなんだろうな、と思う。
ある年齢を過ぎると どこも痛くなくても
体がぎごちない けつまずいて転んでから
それが分かり 体は自分が草木と 同じく枯れてゆくと知る
朝日新聞の連載「どこからか言葉が」2023年5月21日掲載の「いのち」から抜粋
“ 今のとこは大丈夫、いまのとこは ” と思いつつ、ここまで来てしまう。
今はずっと続かない。
今は確実に過去になる。
ギターを弾いていたときは、まだこんなことはなかった。
6月からギターを再開しよう。
*追加写真あり +9





僕が中学生の頃からここにあったのかも。
エアコン室外機も給湯器も洗濯機も使われているみたいだ。
中学生の頃、借金取りに追われてこんな住宅を転々とした記憶が…。



