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2025年5月26日(月) 『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』@TOHOシネマ西宮

     


ことしの劇場鑑賞はここまで8本。

9本目は「リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界」@TOHOシネマ西宮。

若い頃より頭が悪くなってきたので、うまくレビューする自信がない。

きょうはなんだかリンク多めの日録になりそう。

 

まず、この映画を観ようと思ったのはこのブログを読んでのことだった。

kdc.hatenablog.com野村雅夫さんが書いている。

まずはケイト・ウィンスレットに深く敬意を表します。

映画を観て、感じたことはまさにこの冒頭の一文だった。

理由はレビューを読んでもらえば分かる。

丸投げ? いいんです。

 

リー・ミラーというヴォーグ誌のモデルであり、報道写真家だった人の伝記映画。

伝記映画ですが、波乱の生涯のうち、第二次世界大戦前後の10年ほどを描いている。

大戦中の報道写真家としてはロバート・キャパらが有名だが、この人は長くその名前を知られることはなかった。

この女性が残したものを世に知らせたい、との情熱で自腹覚悟で映画化したのがケイト・ウィンスレットだった。

 

     

英国版『VOGUE』誌の記者として第二次世界大戦中のヨーロッパを取材した、アメリカの先駆的な従軍記者兼写真家。彼女は歳を重ねるごとに、自分のことをモデルや男性アーティストたちのミューズとして覚えてほしくないと思った。彼女は当時の女性に対する期待やルールに逆らい、戦争の最前線から事実を報じるため、ヨーロッパへ渡る。そこでリーは、自身の秘めてきたトラウマを映し出すかのように、ナチス政権の残虐な行いを世に伝えるべく、ローライフレックスカメラで写真を撮った。彼女は、ダッハウ強制収容所を始め、ヨーロッパ各地で衝撃的で恐ろしい光景をフィルムに収めた。戦争とその犠牲者や影響を捉えた彼女の写真は、第二次世界大戦において最も意義深く、歴史的にも重要なものとして残り続けている。彼女はその後の戦争写真のあり方を永遠に変えた一方、凄惨なものを見たこと、そしてその物語を伝えることに多大な労力を費やしたことにより、精神的に大きな犠牲を払うことになる。 (公式ホームページより)

 

映画を観ながら、見終わって浮かぶ感想をメモでランダムに記す。

他に枝葉末節、本筋とは関係なく浮かんだことを続ける。

 

改めて、伝えること、の大切さを知る。

伝えないと無かったこと、そこに誰もいなかったことになる。

同時に、伝わってしまうこと、の危うさも思う。

形にして、写真に焼いて、残すことの大切さを思う。

残さないと、なかったことにされてしまう。

記録しても、今は「あれはフェイクだ」と言いがかりをつけて、

都合のいいよう歴史を修正してしまう輩もいるけれど。💢

 

ブルース・スプリングスティーンが怒りをこめてステージで叫んだ言葉を思い出す。

「いま、起こっていることなんだ。いまこのときに起こっているんだ。」

第二次世界大戦でヨーロッパで起こったことを、テレビもなく、ネットもない当時の世界は知らなかった。

最前線で記録して伝えることが唯一の手段だった。

10年後、20年後、50年後に知ることは出来るが、いま起こっていることを知るのとは全く意味が違う。

 

パリ解放後、リー・ミラーはライフの記者ともに連合軍に従軍してドイツ国内に入る。

そこで目撃したものは青酸カリを飲んで自決した家族だった。

ドイツは加害者として描かれるだけで、犠牲者としてはほとんど描かれない。

沖縄の集団自決も、日本国内で伝えられることはあるが、中国、韓国では、おそらく知られないだろう。

大学生のとき、一ヶ月ほどドイツを旅した。

1981年、思えばドイツ敗戦から26年しか経っていなかった。

26年前、それ以前にドイツ国内で起こったことを想像もしなかった。

 

本筋と関係ないことを3つ。

 

リー・ミラーは戦前のパリでシュールレアリストの芸術家たちと親交があった。

その中にポール・エリュアールがいた。

映画の中で「自由」という恋人に贈った詩が、リー・ミラーに読まれるシーンがある。

 

金色の挿絵の上に
兵士たちの武器の上に
王様たちの王冠の上に
ぼくは書く 君の名前を 

ポール・エリュアール「自由」より)

 

この「自由」で繰り返し、君の名を書く とある。

これってどこかで聞いたことがあるぞ。

そう、札幌オリンピックの「虹と雪のバラード」の歌詞だ。

 

生まれ変わるサッポロの地に

君の名を書く オリンピックと 

(「虹と雪のバラード」より)

 

作詞者は大学の教授だったはず。

ポール・エリュアールへのオマージュだったのだろうか。

 

bohemegalante.com

野村雅夫氏もリー・ミラーの使っていたカメラに触れている。

実は幼い頃の我が家にもこれと同じ型のカメラがあって、

まだ自分のカメラが買えなかった中学生のころ、自分のものにして使っていた。

1970年の万博に行ったときの写真はこのカメラで撮ったものだ。

リコーフレックス、僕は勝手に「ニ眼レフ」と呼んでいたが、あながち間違いではなかったみたいだ。

 

  

 

リー・ミラーはとる前に、上からファインダーを観て画角を決める。

そして、シャッターを切るときには被写体をまっすぐに観てシャッターを押す。

シャッター音は静かだ。

もし、手元にリコーフレックスがあったら、僕も同じように撮ってみたい。

あれは大判のフィルムだった。

おかあさん、あのカメラ、どこへいったんでしょうね。

カメラライブラリ / フィルムカメラ / 製品 | RICOH IMAGING

西条八十「あの麦わら帽子」へのオマージュです。(笑)

 

   

   

リー・ミラーに関しては膨大なアーカイブがある。

亡くなったあと、自宅で発見された写真らしい。

こんな凄い写真を残した人が、ほとんど知られていなかったのも驚く。

minamincameralense.exblog.jp

           



深く重い映画を観たあと、ガーデンズのブックファーストで燃え殻のエッセイを買う。

この人の書く読み物はなんだか中毒性があるのだ。

南木佳士の小説やエッセイと同じように、こちらも処方の違う精神安定剤なのかも。

より今の時代に寄り添う、ある意味 俗なレベルでしみる。

そのしみる確率が高いのだ。

ほぼ100パー、ハズレがない。

 

夜はグンゼへ行き、ラジオ体操&ストレッチ&風呂。

リー・ミラーの影響で「映像の世紀 バタフライエフェクト」を3本観る。

日本とドイツ、ふたつの敗戦国の記録とプーチンとゼレンスキーの物語。

どれも秀逸、NHKの映像収集力と構成は素晴らしい。

  

映画のあと、どこかで飲もうかと迷って、本が読みたいのでファミレスを検索した。

映画館の近くにあったのは「ジョリーパスタ」と「バーミヤン

ジョリーパスタはアルコールメニューが見当たらなかったので「バーミアン」にする。

 

どこか異国のロードサイドで見つけた感覚。

入ると配膳はネコロボだった。初体験です。

青椒肉絲って滅多に食べないけど、こんなに脂っこいものだっけ?

紹興酒は190円、マズくはない。

結果、失敗だった。

マズくて食べられないわけではなかったが、何より青椒肉絲の脂っこさには閉口した。

それでも完食したけど。

食後の胸焼け、いや胃腸の重さがハンパなかった。

なんだか変な夕食だった。

どこか異国のへんぴなエリアに僕はいて、食べる店がどこにもなくて、唯一開いていたのが「バーミアン」だった。

…みたいな感覚になる。




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