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2025年4月16日(水) 水 木 金 とフルタイム稼働

大阪城あたりの桜、右岸はまだ見頃、左岸は散り初め。不思議な年です。


ことしは桜の開花は遅かった。

咲いてから冬みたいに冷えた日もあって長持ちした。

ことし感じたのは関西の同じエリアでも開花に差があった。

大阪は早いのに西宮はちょっと遅い、とか。

また桜の木(個体)でも差があった。

上の写真みたいに左岸は早く右岸は遅い、とか。

もしかして日当たりの具合で毎年そうなのかもしれないが、今年は目についた。

ま、遅かれ早かれ、今年の桜は今週で終わりだ。

来年も生きてたらまた見られる。

 

原田ひ香「三千円の使い方」読了。

ヒロに勧められて読んだ。

「人は三千円の使い方で人生が決まるよ、祖母は言った。」で始まる家族の連作物語。

七十代の祖母の「73歳のハローワーク」が面白かった。

コンビニのバイトを年齢を理由に断られて、その縁をきっかけに見つけた仕事とは…?

それと最後の「節約家の人々」の中で奨学金の返済の話が出てくる。

登場人物のひとり、結婚間近の男性が、親が無断で借りていた奨学金の存在が発覚。

4年間で総額500万、利子がついて700万の返済に迫られるというもの。

 

 

奨学金返済で思い出した。

僕も返済を迫られた経験がある。

くわしくは覚えていないが、大学の4年間、育英会の特別奨学生として月18000円を受給していた。

その金額を覚えているのは、振り込まれた日に必ずその奨学金で吞みに行ってたからだ。

貧乏学生にとって月イチの楽しみだった。

受給と書いたが正確には貸与だった。

それを知ったのは働き始めて督促状が届いたからだった。

え? これ借金だったのか。

余裕はなかったので返済せずに放っておいた。

三十を過ぎた頃だったか、返済が督促状に返済がない場合は裁判所に訴える旨のことが書かれていた。

そのとき、初めて金額を知った。

200万円を越えていた。

待てよ、借りたのは18000円×48ヶ月。

864,000円だ。

おぼろげだが、特別奨学生は一般(月12000円)と同じだけ返済すればいいはずで、

差額は返済不要だったと記憶する。

つまり12000円×48ヶ月分、576,000円。

なのに200万以上に増えていた。

利子がついていたのだ。

消費者金融

いま考えると奨学金は恐ろしい。

てっきりもらったものだと思いこんでいた。

アホでした。

浅はかでした。

そのとき裁判沙汰になるのを恐れて一括で返済した。

当時、よくそんな余裕があったものだと思う。

調べたら日本育英会は2004年になくなって、奨学金事業は別の法人に移管されていた。

親が勝手に申請して、子供は知らずに、卒業後に自分に借金があって驚いた、という事例が記事になっていた。

自分の場合、自分で申請したのでその事例には当てはまらないが、「日の丸ヤミ金」などのタイトル記事もある。

 

 

今日から、(水)(木)(金)とフル稼働。

ニュースの編集、ナレーション原稿、テロップ原稿、あすの収録準備などで夜まで忙しく過ごす。

夕食は社員食堂で済ませる。

セブンイレブンハイボール缶を買って帰りの電車で吞む。

22時過ぎのJR東西線の電車は空いている。

帰宅後、腹が空いていた。

レトルトの具のついてインスタント豚汁で出雲の地酒を少し吞む。

おいしい。

 

「しあわせは食べて寝て待て」3話を見る。

ドラマの中で主人公が社員旅行へ行く。

その行き先が那須塩原温泉だった。

2000年代、いまは0年代というのか、その頃に隔週で東京出張があって、

前泊、後泊して関東の温泉へ行った。

そのとき、川沿いの立ち寄り湯、露天風呂へつかった記憶がある。

福渡温泉と言ったか…。

いつだったか記憶にない。

いい湯だったなあ、という記憶だけ。

(調べたら2006年2月、板室温泉というひなびた温泉地に泊まった翌朝に行ってた)

 

2006/2/7@福渡温泉 露天温泉には誰もいなかった。

当時の「ぷよねこ減量日記」から抜粋。

僕はまだ五十になってなかった。

いま読むとなかなかいい作文だと自画自賛

いまこんな文章はすらすら書けない。

板室温泉つげ義春描くところのひなびた温泉町の風情だった。
「ひなびた」は僕なりの解釈をすると
情緒的に訴えかける哀愁のオーラを発したポンコツな現役。
全体にオンボロだが風情がある。板室温泉は悪くない。
都会で何かとりかえしのつかないことをしてしまった男が
街から逃げるように訪れた、という哀感が漂っている。

 

…午後1時那須塩原駅待合いで缶のトマトジュースを飲む。
「凛々子」という那須で採れた品種のカゴメトマトジュース。
カゴメの工場が近くにあるようだ。
これが美味しい。食塩は入っているが塩辛くない。
さわやかで美味しい。買って帰りたいくらいだ。

 

曇り空 雨は降ってない。
時間と相談して奥塩原の「寺の湯」「むじなの湯」は諦める。
渓谷沿いにある福渡温泉の不動ノ湯に入ってきた。
渓流添いの遊歩道を歩いて雪の森へ分け入る混浴の露天風呂、
アベックがちょうど出ていくところだった。
ひょうたん型の湯舟に源泉が惜しみなく注がれ、
あふれ出た湯が凍るように冷たい渓流に流れ出ていく。
嵐山光三郎先生推奨の露天風呂だ。
雪の森の森林浴、湯は炭酸泉、湯は熱過ぎずいい加減。
先生が「とろみ」のある湯と書いている通り肌触りが滑らか。
しばし、一人だけの至福の露天風呂。
贅沢な時間を過ごす。

 

料金箱が見当たらなかったので清掃費200円は払わずに出てしまう。
すみません、また来たら2回分払います。

 

のんびりしていたら、また予定していた時間に遅れる。
いつも計算が甘いのだろう。うまくはいかないものだ。
新幹線を一本遅らせると小一時間の時間が出来た。
よさげな蕎麦屋に入る。この蕎麦屋が正解だった。
ダッタンの黄色がかった蕎麦を食べる。

 

…台本をなんとかでっちあげて東中野の打合せに出る。
終了後、新宿3丁目の「ばくらい」へ行く。
店の前に行くとショック! 今夜は閉まっている。
仕方なく生ハムなどのイタリア風のつまみのあるスタンディングバーと
タコスのあるウエスタンバー「居留地」へ行く。
2軒ともそれなりで悪くない。
それにしても新宿三丁目というのはなかなかの店が集まっている。 

2006/2/7

お台場で番組収録のあと、栃木の温泉に泊まり、翌日の午前中を温泉巡りして、

東京へ戻り、東中野で打合せ、その後新宿三丁目で酒宴、

今考えるとなんとも精力的に働き遊んでいたのだと驚く。

五十前はそんなものだったのか。

やっぱり六十、六十五には大きな峠があり、僕はそこを下っているのだと実感する。

 

閑話休題

「しあわせは…」の主人公の麦巻さんは膠原病でフルタイムでは働けない。

自分の働き方を自分で決めている。

僕は幸いにも膠原病ではないが、そろそろ自分の働き方をコントロールしないとこの先が見えない。

あすは朝から夜まで仕事の長い木曜日です。

 

※追加写真あり。 +2

 

 

昼食は肉厚のアジフライ、3菜1汁 定食なら1000円ですな。

出社するとき家を出ると囀りで送ってくれた。



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