
グンゼスポーツでストレッチをしながら聴いていたApple Musicに吉田拓郎の「青春の詩」が流れてきた。
🎵 喫茶店に彼女とふたりで入ってコーヒーを注文すること ああ それが青春
映画館に彼女とふたりで入って彼女の手をにぎることああ それが青春
って懐かしい曲だ。
喫茶店、スポーツ、ギャンブル、反戦活動、アルバイト、セックス、孤独…
それが青春、と拓郎は歌う。
そして、曲の最後にこんな歌詞が聞こえてきた。
さて青春とはいったい何だろう?
その答えは人それぞれで違うだろう。
ただひとつこれだけは言えるだろう。
僕たちは大人より時間が多い。
大人よりたくさんの時間を持っている。
大人があと30年生きるなら
僕たちはあと50年生きるだろう
この貴重なひとときを僕たちは]何かをしないではいられない
この貴重なひとときを僕たちは 青春と呼んでもいいだろう
この「青春の詩」を聴いていた頃、僕は十代だった。
18歳だとする。
僕に限って言えば、たっぷりあった時間を無駄に消費していた。
僕はあと50年生きるだろうと思っていたと思う。
そして、50年生きてしまった。
ただそのときは遙か未来のことだと思っていた。
“そのとき” は必ず来るのだ。
50年前を思い出しながらストレッチを続けた。
*「青春の詩」は1970年リリース このとき僕は13歳でした。
いつもより早めにジョグ、桜の巡回、いつもより短めに。
一年の青春時代、貴重なひとときを感じたい。
昼前に出る。
いままで知らなかった。

昼イチの会議。
もう会議には出たくないな。
集団行動は老いるごとにより負担になってくる。
会議中にマサオから本の感想や映画の感想が送られてくる。
介護付き老人ホームに暮らす彼は理想の生活を手に入れたのではないかと思う。
自分はどうだろう?
ニュース取材でアスリートの卒業や入学ネタが多い。
自分にも卒業願望あり。
何も変わらずにいることはいいことだと思いつつ無いものねだり。
この年齢になると“変化”は悪いことしか想像できない。
🎵 大人があと30年生きるなら僕たちはあと50年生きるだろう
老人はあと10年だろうか、5年だろうか。
七十の峠を越えられるか
そこからの人生はオプション、と言ってもいい。
リニューアルする番組のニュース部分を編集する。
もうひとつ番組会議に出席。
やれやれ。
あすの顔出し収録の準備をする。
今後は木曜日がヤマ場となる。
朝イチで収録、午後からポスプロ編集(TVer含む)。
脳ボーマンにならないように。
意外と早めに今日の作業は終了。
でも少し吞みたいモード。
手っ取り早く駅への通り道になる「ココ壱」でカレーと缶ビール。
あすは早い。
*追加写真あり +




