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2024年9月21日(土) 韓国のマラソンのことはほとんど知らなかった。

2年半ぶりの心斎橋です。

9時前に家を出る。

10時過ぎから上映の映画をシネマート心斎橋で見る。

調べるとシネマートは2022年1月以来で、そのときは「ユンヒへ」という韓国映画を観た。

シネマートは韓国、中国の映画を中心にアジア映画が多く上映されている。

来月で閉館となるようだ。

アジア映画の専門館として、2006年4月15日開館以来、これまで多くの皆様に支えられ、数々の映画をお届けしてまいりましたが、新型コロナウイルスの影響による観客数減少からの回復の遅れ、オンライン配信サービスの普及による競争の激化など、様々な経営環境の変化により、今後継続的にお客様へ質の高い映画体験を提供することが難しいと判断し、閉館の決定に至りました。 

アジア映画以外にも「旅芸人の記録」のリバイバル上映や、同じアンゲロプロスの長編を見たり、

ドキュメンタリー「ヤング@ハート」で涙したり、思い出の多い映画館だった。

最近は2年に一度くらいしか行かない客だったが、淋しい。

 

BIG STEP も老朽化してきた?
僕はここに来るとシンガポールやマレーシアにいるような気がする。

 

「ボストン1947」@シネマート心斎橋

この映画のビジュアルはネットで見ていた。

気になってはいたが積極的に見ようとは思えなかった。

眼鏡堂氏のコメントがLINEで届いた。

ー 塩田さんは「ボストン1947」.かなりインスパイアされると思う

1947年、僕が生まれた10年前の出来事。

 

左上、表彰台のソン・ギジョンは胸の日の丸を月桂樹で隠した。

 

1936年、ベルリンオリンピックのマラソン競技で日本は世界新記録を樹立し、金メダルと銅メダルを獲得した。しかしその記録を出した選手は、日本名の孫基禎と南昇竜として参加した韓国のソン・ギジョンとナム・スンニョンだった。第2次世界大戦の終結とともに韓国は日本から解放されたが、メダルの記録は日本のままだった。ある日、荒んだ生活を送っていたギジョンのもとにスンニョンが現れる。2人は「第2のソン・ギジョン」と期待される若手選手ソ・ユンボクを1947年のボストンマラソンに出場させるためチームを組み、“祖国の記録”を取り戻すべく数々の試練に立ち向かっていく。

2023年製作/108分/G/韓国 原題または英題:Road to Boston 2024年8月30日

 

面白かった。

不覚にもボストンマラソンのシーンでは泣きそうになった。

勝つか、負けるか、結末がどうなるかを知らずに見たせいもあるが、これが事実だと知り驚かざるを得ない。

眼鏡堂氏も書いていたが、知らないことばかり でグイグイ引きこまれていった。

事実ベースの映画なのに、どうなるんだろう? 知りたいという思いが原動力となり、スクリーンを見続けた。

 

ベルリンオリンピックのマラソン孫基禎(ソン・ギジョン)が金メダルを獲ったことは知っていた。

その後、バルセロナで黄永祚(ファン・ヨンジョ)が金メダルを獲ったことも知っていた。

それだけだった。

そこに横たわる長い歴史はまったく知らなかった。

まさに “知ってるつもり”

昔、そういう番組があった。

 

隣国のスポーツ史なんて知らないよね。

韓国の人は金栗四三のことも、嘉納治五郎のことも知らないだろう。

円谷幸吉君原健二のことも知らないだろう。

 

当時のオリンピック新記録で優勝、ベルリンで表彰台に立った孫基禎(ソン・ギジョン)が

胸の日章旗を月桂樹で隠したという話は全く知らなかった。

そのせいで日本は懲罰として彼に引退勧告し事実上マラソン界から追放した。

表彰台の出来事はメキシコ五輪アメリカのスミスとカーロスが黒手袋で抗議したシーンを思い出させた。

ベルリンの表彰台のことはほとんどの日本人は知らないのではないだろうか。

韓国ではきっと知られた話なのだろう。

 

最初、CG背景との合成映像が大河の「いだてん」や「三丁目の夕日」みたいで安っぽく感じた。

けど、そんなことは関係ない歴史的事実とマラソンシーンの迫力。

加えて優勝したことも知らずに見たのでなおさらだった。

 

あらゆる事実が胸に迫る。

1947年当時、世界は韓国という国を知らなかった。

1950年、ボストンマラソンの表彰台を韓国が独占した。

その2ヶ月後に朝鮮戦争が勃発した。

ソウルからボストンへは飛行機を5回以上乗り継いだこと。

ボストンに流れた韓国国歌のメロディーが「蛍の光」だったこと。

当時のラジオ実況がキッチンカーみたいな車から行われていたこと。

ラソン解説の金哲彦さんを韓国代表に誘ったのが孫基禎さんだったこと。

などなど。

 

今年2回目のプログラム購入。

もうひとつは7月に観た『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』でした。

 

心斎橋も、京橋もお昼どきでお店が混んでいて昼ごはんを食べ損ねる。

局のデスクが日本インカレの配信を見ながら雑務をこなす。

午後3時過ぎに「そじ坊」でカレー南蛮を食べる。

 

「そじ坊」のカレー南蛮蕎麦は旨い。

4時過ぎに帰宅。

きょうもまた運動をしなかった。

せめて…とストレッチをする。

 

夕飯は…なんとカレーうどん

大好物だからかぶっても平気さ。

野菜を一品つけるのは栄養士の性です。

ヒロのカレーうどんは具がビールのつまみになる。

2ヶ月連続で勝ち越しだった。

(酒を飲まない日を勝ち、飲んだ日を負けとする)

7月、8月はともに18勝13敗だった。

今月はここまで9勝13敗、4つ負け越している。

せめてイーブンで終わりたい。

…ということはあと2日しか飲めないのか。

 

 




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