
悲しくてせつなくて凍りついてしまった心に、
いくら力を加えても砕け散った氷ができるだけ。
氷をとかすのは温もりだ。
温もりが伝わることによって心の氷がとけはじめる。
その時、患者さんやその家族に笑顔があらわれ、
冷たくはりつめていた病室の空気がゆるんであたたかくなる。
家族に見守られながら、自宅で死を迎えるのではなく、
病院や施設で迎えるようになった今。
医療だけでは取り除けない心の痛みは
誰かに受け止められることもなく、
ぽろぽろと、こぼれ落ちている。
なんのために生まれてきたの?
私の人生ってなんだったの?
なんのために今日まで生きてきたの?
どうして私だけこんな目にあうの?
死ぬってどういうこと?
火葬場で焼かれるのはいやだ
そんな心の叫びたちを、
そっと手のひらですくいあげ、
家族のもとに届けてあげる。
「生まれてきてよかった」に変えてあげる。
そして、
人生最期のフルマラソンを、
患者さんと、家族と一緒に、並んで走りきる。
この本に書かれているのは、
そんな風に、終末期を迎える患者さんに寄り添い、
最期を看取ってきた、一人のお坊さんと、
患者さん、そして家族の記録。
―――
今日は、お寺の息子で現在、僧侶修行中の友達(の友達)からもらった本を、もう一度読んでみました。(私は仏教徒ではないです)
バイト中、時間あったので、ちょっと泣きそうになりながら。
最期までがんばったお父さんの勇姿を見届けた、小さな息子のコトバが‥もう泣けてしまうのです。患者さんと家族とのやりとりもとってもリアルで。患者さんが死にたいって言った時の家族の反応も‥。これは、本当に寄り添っていた人にしか書けないです‥。
最期の時間。患者さんも家族も医療者も混乱している中で寄り添うって大変なことだと思うのですが、さすがお坊さん。坊さんだけは勘弁してくれと言われながらも、そこから見事に心にすっと入り込んでいって柔らかい空気を生み出せるという‥。
作者は、鹿児島善福寺の住職である、長倉伯博先生。
鹿児島緩和ケアネットワークを立ち上げ、医療チームの一員として終末期の患者やその家族のケアに取り組むほか、全国の宗教団体や大学等で、宗教と医療の終末期医療における協働を呼びかける講演をおこなっている方です。
滋賀医科大学の非常勤講師もされているそうで、医学生に向けての講義も行っています。
先生は講義の中で、生徒に向けて、必ずこう言うそうです。
「病気を治す名医はいっぱいいる、ノーベル賞をもらうような医師もいっぱいいる。けれど、人をしなないようにできた医師はいないんだよ」
ブラックジャックが恩師である本間先生を救えなくて、うなだれるシーン。
思い出しました。
人は必ず死ぬんですよね。それが、ちょっと早いか遅いかだけで。
でも、はやければ早いほど、諦めもつかないし、希望があればすがりついてしまう。小さい子供がいれば、絶対死にたくなんてないし、成長だって見たいはずで‥。
病気を治すことはできなかったとしても、最期までそばにいること。
話を否定せず、楽観的な嘘は言わず、無理に励ましたりはしないで、ただひたすら聞くこと。
それが大切なんですね。
今は死ぬ人の方が生まれる人よりも多い時代。
それだけ死と向き合わなければいけない時間も増えてくると思います。
死と出会い苦しんだ時、見つめ直したい時、思い出して、読みたい本です。
- 作者: 長倉伯博
- 出版社/メーカー: 本願寺出版社
- 発売日: 2015/01/16
- メディア: 単行本
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なんだか、こういった真面目な記事を書くの、久しぶりだった気がします。
死というテーマで‥思い返すとなかなか書いていたので、一緒に読んでもらえると、また理解が深まるかもしれないです。
それでは、今日も読んでいただきありがとうございました。
良い1日をお過ごしください!