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唯物論的な思考と『目の前のリアル』に操られる人々

「肉体という物が、無くなればその人の『存在』すべてがキレイさっぱり無くなる!」という考え方があります。 

いわゆる「自分の目に見える物」だけを信じる唯物論的な考え方の典型です。

唯物論的な考え方を続けてると遅かれ早かれ刹那的な考え方に染まっていきます。
まず時間的には人生80年と仮定するなら、最長でも80年という長さでしか物事が捉えられなくなります。


しかも空間的には、捉えられる範囲は、目先の事実にどんどん縛られるようになるのです。
その結果極端にいえば、「1年後に確実に約束された100万円より目の前にリアルに差し出された1万円を迷いもなくつかみ取るようなメンタリティ」になっていきます。
そういう人たちにとっては、眼に見えない100万円より目に見えて手に取れる1万円の方がリアリティがあるってことです。

だから、唯物論的な考え方を続ければ、遅かれ早かれ「やり逃げ上等! ごまかし万歳!」って感じの心の在り方に傾いていきます。
だって、死んだら魂も含めて自分という存在は跡形もなく消えてなるんですよ?(あくまでその人たちのアタマの中ではですが) そりゃ「生きてる間にやりたい放題やればいい! 自分が消滅した後の世界のことなんて知ったことかよ!」って風にもなるでしょう。

唯物論的な考え方を簡単にいえば「自分が見たり聞いたり触れたりしてちゃんと認識できた物以外はすべてマヤカシだ!」って思想です。
なので、自分という個を超えた存在については、基本マヤカシとして頭の中で処理されるのでしょう。
で、ここでいう自分という個とは、ザックリ言うとその人の経験値とそれに基づく主観のことです。


それゆえに唯物論的な考え方に染まれば染まるほど『世界』は、その人の経験値サイズの時空間に収縮していきます。
具体的には先ほども申し上げたように、長くても一個人の人生分くらいの時間のサイズでしか物事を考えられなかったりします。
あと、その人の社会経験の範囲を出ることのないサイズでしか世の中のコトワリを考えられなくなります。
一個人の時空間のサイズを超えた事柄に関しては想像力が及ばなくなるのです。

で、世界がその人サイズの時空間に収縮すると「この世のかなりの部分はテクニカルに操れるはずだ!」と考えるようになったりします。
もちろん全員がそうなるわけではありませんが、そういう思考に囚われる人は少なくない気がします。
その手のメンタリティを個人的に『操れる系』と呼んでいます。

唯物論的な考え方と『操れる系』のやり方は親和性が高いのです。
そして、コロナ禍以来世の中には唯物論的で『操れる系』のやり方が蔓延しているようにお見受けします。

今後この傾向はさらに強く濃くなっていくように感じます。
これからは「自分を見失わない」ということがより一層大切になっていくでしょう。

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