このブログではこれまでに『根性論』というものについて何度も書いてきました。
ここでいう『根性論』とは「気力が充実さえしていればよっぽどのことがない限り世の中大抵のことは精神力で乗り切れるのだ〜! 」みたいな考え方のことです。
この根性論の仲間に「問題ってのは自分で作ってるだけなんだよ!」的な『全ては気持ちの持ちよう論』があります。
これはいつでも「敵は我にあり!」っていう考え方が先に立ってる感じです。
「自分さえしっかりコントロールすれば、すべては解決出来るのだ!」という前提が最初にあるのです。
で、その『全ては気持ちの持ちよう論』の発展形が『自己責任論』です。
ここでいう『自己責任論』というのは「やると心に誓って物事に当たれば、どんなことでも出来ないことはない!」という前提からの「出来ないのは、それを成し遂げられない奴が悪いのだ!」という考え方のことです。
問題は「何にでも『絶対的正解』みたいなモノが何処かにあるはずだ」という前提に立ってるところではないでしょうか?つまり「やり方さえ間違わずに努力すれば、何でも出来て当たり前!」という発想なのです。
この「何でも出来て当たり前!」という発想は「この世は予定調和の世界だとベーシックに捉えてること」を意味します。
ここでいう『予定調和の世界』というのは「何時でも何処でも誰にでも分かりやすく辻褄ってのは合うはずだ」という内面世界のことです。
もっと噛み砕いていえば「失敗するヤツは自ら失敗するやり方を選んでいる。ちゃんと成功する方法に切り変えさえすれば、誰にでも出来るのだ! 」という前提でいつも物事を考えているということです。
だから、「出来ないヤツは『出来る方法をちゃんとやろうとしていない』という意味において、単なる自業自得なのだ」とバッサリ切り捨てられるのです。
本当は『絶対的正解』どころか、正解という概念自体が通用しないんじゃないかと思われるような事象も少なくありません。
それでも、最近では何でもかんでも「で、それのエビデンスは?!」みたいなことをおっしゃる方が増えました。
エビデンスってのは普通の日本語でいう根拠のことらしいですが、そういうことをおっしゃる方は「何にでも明確な根拠が常に存在し、誰にでも分かる形で示すことが出来るはずだ」って信じてるんだろうなと推測します。
で、そういう考え方の根っこには、上に書いた「何にでも『絶対的正解』みたいなモノが存在するはずだ!」という前提があるんじゃないでしょうか?
つまり、「『正解』はすでにこの世に用意されているのだから、それに従って明確な根拠を示せるのが当然!」って理屈です。
でもね、この世ってのは人間には十分過ぎるほど、理不尽で不条理にできています。
理不尽で不条理な世界の『答え』ってのは、大抵あやふやでスパッと終わらないものです。
多くの事象は「大体こんなところかな…」ってくらいの『根拠』で十分なんじゃないでしょうかねぇ…
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