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「畏れを持つ」ということの意味

ここでいう所謂カミサマってのは何かと申しますと「これまで世界のどこかで人間によって崇め奉られてきた眼に見えない存在全般」を指します。 

じゃあ何故そんな風に神を規定するのか?というと、そもそも見えない『何か』に神という名を与えたのは他ならぬ人間だからです。 

「神というのはあれでそれでこれで、こういうモノなんだ!」みたいな『設定』を考えたのが人間だってことです。 

この世には多分、眼に見えないモノたちが数えきれないくらいの種類、存在しています。 
その存在のあれこれに神だの悪魔だの妖怪だのと勝手にレッテルを貼っているのが人間です。
 

一方この世界には人間が今まで神とも悪魔とも妖怪とも一度も名前をつけたことがない『眼に見えない大きな存在』もまた山ほど存在しています。 
人間がその歴史上まともに認知してこなかったモノたちです。

そういう『眼に見えない大きな存在』はこの世界の自然の中に人知れずひっそりと存在していたりします。 
人にナニとも呼ばれず、名前も付けられず、わざわざ人と深く関わることもなくね… 

でも、そういう存在たちこそが、この世界の秩序そのものを護っていたりします。 
人間の保護とかではなく、この世界のコトワリ自体を護っているのです。 


その存在たちは、人間が考えるような『いわゆる神』ではありません。 
元より人に神と呼ばれたりはしてないし、これからもそう呼ばれることはないでしょう。 

ただ、そういう存在への『畏れ』を無くさない方が人間のためかと思います。 
自分より遥かに大きな存在への畏れを失えば、人は止めどなく傲慢になっていくでしょう。 
自分らが自然を思い通りに操れると信じてしまう程度にはね…


自然を自分らに都合よくちゃちゃっと支配できる!という考え方は、
おそろしく傲慢で人間本位な考え方です。
それが「畏れを知らない」ってことです。

もっと言えば「畏れを知らない」とは、「人間というモノの分を知らない」ということです。

分を知るとは、自分の実力や立場をわきまえること、自分を過大評価しないこと、身の丈を知ること。

なので、畏れを知らない人ってのは「人間は何でも出来る!」と考えがちです。
『人間というモノの分』に無自覚だからです。

そして、自然と人間をあたかも対等であるかのように錯覚したりします。
己れの分を知らないほど果てしなく傲慢になれることの一つの見本です。
傲慢になるのが嫌なら畏れを知ることです。

関連記事 無知に無自覚だと人は果てしなく傲慢になれる - 『クリアー整体ヒーリング』です

 
 
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