どういうことかというと「ある一定期間 (人生) の中で自分がやるべき『宿題』を抱えて敢えてやって来ている世界」ということです。
その『宿題』は夏休みの期間中 (生きてる間)どういうやり方をしても構いません。
ただ、休みが終わった時 (亡くなった時) に提出しなくちゃなりません。
簡単に言えばこの世は何らかの課題を果たすための勉強部屋みたいなものじゃないでしょうか。
なので、この「夏休みの宿題」が出来なかった人がまた一から次の課題に挑戦し直すのが所謂一つの生まれ変わりだと思います。
もしそうだとしたら、どんな偉人聖人でもこの世に生まれてきてる時点で「お前はすでに落第している!」ということになるのです。
とはいえ「厳密にいえば人は生まれ変わらない」と個人的には考えています。
じゃあ、死んだらそれで終わりかといえばそうではなくて、大元の大きな魂に人生の『記録』として帰っていくのではないでしょうか?
「 一人分の魂が生まれて死んで生まれて死んでを延々と繰り返す」そういう意味での輪廻転生はないってことです。
人は多分誕生する時に新しい肉体に大きな魂に蓄えられていた所謂『前世の記憶』の一部が付与されて生まれてきます。
新しい肉体と心を以って『前世の宿題』をやるためにね! 要するに魂ってのは誰の魂であれ同じところから分裂したモノだってことです。
ただ、スピリチュアルな人の中には、生まれ変わりをエンドレスに続く進化の過程か何かのように捉えている人々が一部いらっしゃいるようにお見受けします。
そういう人々にとって『生まれ変わり』というのは「落第生に与えられた補習」ではなく、時にご褒美であったりするのでしょう。
実際「過去世で大きく陰徳を積んだご褒美としてその人の望む人生を生きる為に生まれてきた人間が存在する」みたいなことをおっしゃる方がいらっしゃいますので…
しかし、先ほども申し上げたように「夏休みの宿題」をきちんと最後までやり切れなかった人が課題の続きに挑戦をするために、再度やって来るのが『この世』です。
なので、いわゆる輪廻転生は、言ってみれば『補習と追試の記録』みたいなモノです。
所謂生まれ変わりはその性質上端から『ご褒美』とはなり得ません。
それって、「生きている人間にとってこの世はパラダイス!」っていう大前提で現世を捉えている場合にのみ成立する考え方だと思います。
でも、この世がもしパラダイスなら逆に生まれ変わる必要もない気がするのですけどね…
「生まれ変わりがご褒美となり得るという考え方」と「人はカルマを解消するなめに輪廻転生するという考え方」は、相容れないってことです。
人の一生は重荷を負いて遠き道を行くが如し 徳川家康
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