例えば幽霊否定派の人は「幽霊なんているわけない!何故なら自分はそんなモノ見たことがないからだ!」みたいなことをおっしゃいます。
その人にとって幽霊がいない根拠は「自分が直に確認できない」ってことなのです。
なので、唯物論的な考え方に染まれば染まるほど『世界』がその人サイズの時空間に収縮していきます。
「自分に見えたり聞こえたり触れたりするモノこそが世界である」という発想ですので。
時間的には、大体自分の人生という時間のサイズ以下でしか物事を考えられなくなります。
空間的には、自分のよく行ったところ、住んだところなどで得た知識のサイズの、いいとこ6割・7割くらいで結論を導き出すようになるでしょう。
経験的には、自分の過ごしてきた人生で得た経験値のこれも多くて6割・7割くらいのサイズで思考するようになります。
「世界が自分サイズの時空間に収縮する」とは大体以上のような感じです。
諺でいうと「井の中の蛙大海を知らず」ってことでしょうか。
で、『世界』がその人の経験値サイズの時空間に収縮すればするほど「この世の可成りの部分はテクニカルに操れるんじゃないか」と考えるようになります。
そして、遅かれ早かれ「やり逃げ上等! ごまかし万歳!」って感じの心の在り方に傾いていくのです。
だって、死んだら魂も含めて自分という存在は跡形もなく消えてなるんですよ?(あくまでその人たちのアタマの中ではですが)
そりゃ「生きてる間にやりたい放題やればいい! 自分が消滅した後の世界のことなんて知ったことかよ!」って風にもなるでしょうよ。
人生80年だというなら80年分の長さでしか世界を捉えられなくなくなります。
それだけ了見が狭いってことです。
「了見」とは「思慮」「分別」を意味する言葉で、「考えをめぐらす」という意味も持つ
いまの世の中では『今だけ・金だけ・自分だけ』って言葉がたびたび聞かれます。
それは世の中の多くの人が唯物論的な思考に染まっているということでしょう。
簡単にいえば、「唯物論的思考に染まると自分の子どもの将来などより目の前の現金が欲しくなる」ってことです。
人は物ばかり見ていると、あっという間に欲望という名の憑き物に取り憑かれます。
そんな欲望憑きになるのがイヤなら、物(肉体)を自分の価値観の真ん中に置かないようにすることです。
要は「唯物論的な思考を繰り返していると必然的に欲望に呑み込まれますよ!」って話です。
それが、了見が狭くなった者が行き着く場所なのです。
関連記事 唯物論的な思考をするほどその人の中の時空間は狭くなる - 『クリアー整体ヒーリング』です
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