一匹の蟻と一人の人間の価値が違うってのは、人間目線でなら正解ですが、地球目線なら不正解だってことです。
でも、現実に地球上の多くの人間が「自分たちは特別な存在である!」と信じています。
「じゃあ、なぜそんな風に信じるのか?」というと、人間社会にはベーシックに『選民思想』があるためだと思われます。
ここでいう『選民思想』というのは、「人間だけが『特別に選ばれた種族』だっていう根拠のない思い込み」のことです。
その『選民思想』を現代社会では教育という形で大多数の人々が刷り込まれています。
『社会的な常識』の土台になる考え方として教えられるのです。
その根っこにあるのが、ユダヤ・キリスト教的な一神教の考え方です。
所謂先進国のほとんどがユダヤ・キリスト教的な価値観に支配されてきました。
要は「人間は全治全能の神サマが自分に似せてつくった創造物である」と信じている人が世界の大多数を占めているって話です。
日本は他と違いキリスト教国ではありませんが、特に第二次世界大戦後の教育は西洋的な価値観一辺倒でやってきました。
その結果「この地球において人間は偉いんだ!他の生き物とは出来が違うんだ!」とぼんやりと信じている人が少なからずいらっしゃるようにお見受けします。
で、「人間だけが神に特別に愛されたスペシャルな存在である」という考えをベースにして『天罰』って考えも存在していると思うのです。
ここでいう『天罰』とは「人間が奢り高ぶれば、神さまからスペシャルな罰が下る!」って考え方のことです。
つまり、天罰がくだるとは「人間は他の生き物とは桁違いに別格の存在である」ということが前提になっています。
それって「えげつないほど傲慢な考え方だな(ー ー;)」って思うのは私だけでしょうか?
だって、「人間ってのは他の雑魚キャラな生物とは一線を画すウルトラスペシャルな存在だから天罰ってモノが下るんだぜ!」って自慢してるのと同じですから。
「神の怒りに触れて天罰を落とされる」ってことがあるのか?と問われれば、無いんだろうと答えます。
あるとすれば、それは人類が自らの手で招いた因果応報(原因に対する結果)ってヤツです。
何らかの現象があるならば必ずそれ相応の原因があります。
逆に言えば結果の無い原因なんて何処にもないということです。
それがここでいうところの『因果応報』です。
因果応報はこの世のコトワリです。
神と呼ばれる者が恣意的に行う行為とかではありません。
そもそもユダヤ・キリスト教が述べるような「人間だけに与えられる『天恵』も『天罰』もない」ってことです。
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