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生きることのハードルと出来損ないとしての『人間』

「すべての事象は最終的に『人間が論理的に理解でき得るモノ』として存在している」という考え方があります。
たとえ今分からなくてもいつかは必ず分かるモノだとね。
 
この「何でもわかって当たり前」という発想は「この世は予定調和の世界だとベーシックに捉えてること」を意味します。
ここでいう『予定調和の世界』というのは「何時でも何処でも誰にでも分かりやすくモノゴトの辻褄ってのは合うものだ」という『素朴な信仰』に基づいているのです。
 
別の言い方をするなら、それは森羅万象すべての物事に対して(ご自分にとっての)完璧な調和と整合性を求め続けている状態を指します。
またその答えを求められるものだと本気で信じているってことです。

ただ、如何に博覧強記の者であれ、この世は1人の人間の理解の範疇にスッポリと収まるほど都合よくは出来ていません。
それどころか人類という種にとっても、それは不可能な事柄でしょう。


根源的な意味として「世界に調和と整合性があった」としても、人間はその途轍もなく大きな『世界』というジグソーパズルの一部のそのまた一部として存在しているに過ぎません。
だから、一人の人間からすれば、世の中の出来事の多くは、「不都合で不条理な出来事の連続」にしか見えないのです。
 
逆にいえば、世界は人間が考える辻褄や都合の範疇を遥かに超えているってことです。
超えているがゆえに、世界は理不尽で不条理のカタマリに見えるのでしょう。
 
それでも、古来より多くの人々が「人間は唯一絶対の創造主に造られた完璧な創造物である」みたいな考え方に執着してきました。
ていうか今でも何十億人もの人々が、『一神教』と呼ばれるその手の考え方を深く信仰しています。

 

人間が完璧などという考え方は必然的に人生のハードルを上げるでしょう。

自分の人生に対しても他人の人生に対してもね…

ぶっちゃけた話いまの世の中生きることのハードルを上げすぎな気がします。

それは個人的にも社会的にも純度100%の完璧さみたいなモノをみんなが求めすぎたせいではないでしょうか?

「人間は完璧ではないのに、そんなにハードル上げてちゃ、そりゃガッカリするだろうな」と個人的には感じるのです。
人間というモノに対する期待値があまりに高すぎます。
 
人間に対する期待値を上げるってことは結局自分に対する期待値を上げてるということでもあります。
自分に純度100%の完璧さを求め続ければ、そりゃ生きづらくもなりますよねぇ。
 
だから、生きにくい世の中を少しでも生きやすくするには、「自分の中の生きることのハードル」を少しでも下げる方向へ持っていくことが肝要です。 
それにはまず、「そもそも人間は出来損ないの存在である」という事実に体感的に気付くことが大切であろうと思います。

 

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