言葉とは本来的に流動的であやふやな存在なのです。
だからこそ逆に強く断言する言葉にはある一定のチカラが生まれます。
ハッキリ言えば言うほど不確実性の中にある不安要素をかき消すことのできるチカラがそこに存在するように表面上見えるからです。
それを簡単に言いかえれば、根拠のないことでもハキハキと断定的に話せば自信満々に見えるってことです。
自信満々に見えれば見えるほどその分人の心を動かすことが可能になります。
すなわち人を操れるチカラがアップするってことです。
ただし、それは一過性の儚いチカラに過ぎません。
この世界が本質的に不確実性に満たされているという事実は変えられないからです。
だから、あやふやなことはあやふやなこととして「そう思う」「と推測する」とした方がベターなのだと思います。
変に断言してその時は他人を信じさせられたとしても、それは刹那の時を紡ぐ『不実なファンタジー』に過ぎないからです。
何でも歯切れよく言い切るスタイルに希望を抱きすぎると結局ロクなことにはならないってことです。
例によって例のごとく独断と偏見ですがね…
特に最近は「自分はなんでも分かってる!」って感じをさせつつ物事を言い切る人が多いようにお見受けします。
「自分は他者に比べて圧倒的に物事の本質を見通せるのだ!」的な雰囲気を漂わせている人が少なくない気がするのです。
思うに自分の正しさを主張したい方々も「自分的には確信があるけど、確証はないので〇〇はXXだって説を私は唱えます!」みたいなスタイルで主張されると反発も受けにくいんじゃないかと考えます。
どうしても言い切りたいなら、「客観的に見て絶対正しいかどうかは分かりませんが、自分の中では〇〇は断然XXです!」という言い方も出来ます。
とにかく「お前らは知らないだろうが、自分は絶対的な真実を知っているのだ!」って感じを露骨に出すと周りとの摩擦が起こるので、出来るだけやめた方がいいんじゃないかなぁってことです。 まあ、自信満々な「オレは絶対的な真実をすべて知ってるぜ」系の人からしたら、そんな甘っちょろいこと言ってられるか!ってことなのかもしれませんがね…
スパッと言い切った方がスカッとしてカタルシスを得られるのでしょう。
「スパッと断言できるオレってスゲえ!」みたいなね…
またそういう他人の物言いに対して爽快感を感じて心を共鳴させる人々も最近は少なくないのでしょう。
でも、その爽快感は酒飲んで憂さを晴らしている状態とあまり変わらない気がするのです。
やりすぎると依存症になります。
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