また意識の高い話を書く私を許してほしい。
数ヶ月に一度、衝動的に痛々しいポエムを書きたくなる時期がくるのだ。
ここから先は推敲なしで書き殴る俺のポエムだ。
世の中にはエンタメが溢れている。
素晴らしい漫画、素晴らしい映画、インターネットにつながっていれば過去の名作ドラマもいくらでも見ることができるようになった。
私たちは溢れるエンタメにいくらでも時間を投じることができるし、どれだけ時間を費やしても尽きることのないこの受動的なエンタメに、永遠に浸っていることができる。
世の中には素敵な出会いが溢れている。
話を聞くだけでわくわくするような人や、そばでお酒を飲むだけでドキドキするような人もいる。
私たちの目の前には出会いの扉が開かれていて、不意にとても素敵な出会いが生まれることもある。
お酒を飲んで、気分が上がって、時計を見るのも忘れるような、そんな夜を過ごすことだってある。
世界は楽しいことで溢れているのだ。
なんて素晴らしい世の中なんだろう。
そしてそんな素晴らしい世の中で、自分を愛せないのはなぜだろう?
その疑問が、この記事を書くモチベーションである。
楽しく飲んだ次の日は気分が沈むことがあった。
楽しいテレビに没頭してしまった次の日は憂鬱になることがあった。
あんなに楽しかったはずなのに、気分が暗くなっているのはなぜだろう?
よく考えると、一つ思い当たることがあった。
自分との約束を破っていたのである。
私たちは自分との約束を破ってしまったときに、ひどく落ち込んでしまうのだと気付いた。
どうしても達成したい目標があるとする。
そのために、「今日は○○をする」とか、「明日はXXを進める」などの計画を立てる。
楽しい飲み会があった日や面白いドラマにハマってしまった日は、自分が密かに立てた目標の遂行を無視してしまいがちだ。
こっそりやると決めていた計画を無視したところで、誰かに怒られることはない。
なぜなら誰にも報告などしていないのだから。
それでも、自分はよーーーくわかっているのだ。
サボった自分を。
頭の片隅に目標を置きながら、それを見ないふりをした自分を。
自分は自分のことをよく知っている。よく見ている。
そうやって目標をないがしろにして、自分との約束を破っていると、突然憂鬱な気分に襲われることがある。
潜在意識が自分を見限ったとしか言いようがないのだが、以下のように脳内で自分を否定してしまっているに違いない。
「お前は本当にダメだな」
「俺は本当にダメなのか」
「ああ、やるって言ったこともやらないで」
「やるって決めたことができなかった」
「なぜだ」
「なぜだろう」
「お前は何をやっているんだ」
「俺は何をやっているんだ」
......こういう書き方をするとめちゃくちゃメンヘラっぽく見えるが、私の精神は落ち着いている。
まだメンヘラにはなっていないので安心してほしい。
何が言いたいかというと、そうやって自分との約束を破っていると、自分のことをカッコいいと思えなくなってしまう、ということだ。
月並みな書き方をすると、「自己肯定感が下がる」と表現してもいい。
目標ばかり偉そうに手帳に書き殴ってるくせに、結局何も達成していない。この男はマジでみっともない、と潜在意識の中で敗北を認めてしまうのだ。
そうすると、そんなみっともない自分を、自分で「カッコいい」と思えなくなってしまう。
これは本当に危険な兆候である。
自分で自分を信じられないのに、誰が私を信じてくれるだろうか?
自分で自分をカッコいいと思えないのに、誰が私を認めてくれるだろうか?
どんなときも、まず第一に、自分が自分のことを認められないとダメなのである。
「自分との約束」は脳のものっっすごく深いところに刻まれる。
そしてその約束は、時間が経ってもなかなか消えないのだ。
僕は就活が終わって、会社に入る前の時期、会社のために自分の身を投げ捨ててでも尽くしたいと誓っていた。
「仕事こそが人生である」
と。
当時の手帳にそんなことが書いてある。
会社のために尽くし、我欲にとらわれず、会社の、そして世の中の利益に貢献するのだと。
「そんな生き方が素晴らしい」と脳に刻み込んできたせいか、実は今でも「残業しまくった日」は心地よいし、早く帰った日はなんかヘコむ。
一方で理性では
「残業しても意味はない」
「さっさと帰って自分の将来のために時間を使うんだ」
と自分を制御していて、かつて「理想としていた人生」と「いま自分がやっていること」がずれた状態になっている。
そうすると、どうも「自分にとって正しいこと」をしているはずなのに、気分が晴れないのだ。
脳の奥の方の潜在意識くんが「本当にサボっていいのか?お前は会社に尽くすと誓ったくせに」と自分を責めてくる感じ。
つまり、軽々しく自分と約束すると、それは自分にとっての「呪い」になってくるということだ。
「自分との約束」は絶え間なく自分を責め立ててくるし、それを守らない自分を容赦なく殴ってくる。
そして「自分」に殴られているうちは、どんなに楽しいことをしていても幸せを感じることはできないのだ。
一度、「自分の理想の生き方」を脳内で描いてしまったら、「それに向かって努力していない自分」を潜在意識は認めない。
だったらもう、一度「やる」と決めたら中途半端なことはせずに、目標に向かうことだけをやり続ければいいのだ。
それが唯一、脳内で暴れまわる「潜在意識のプレッシャー」を抑える方法なのだから。
目標を達成することが唯一、「自分で自分にかけた呪い」を消す方法なのだから。
......などと色々書いて、最後、ここからは公開7時間後の追記なのだが、こういう「鬱々としたポエム」を書くときの自分に共通している状態があった。
極端に寝不足なのである。
ほとんど寝ていない状態のとき、人間はネガティブになってしまうのかもしれない。
特に私はそうであった。
よく寝るだけで、少しだけ気分が晴れたような気がした。
そして最後に改めて、なんで落合陽一は寝ないで生きていけるんだろうと思った。
一気に書いたポエムは、深夜に送った愛の告白メールみたいで、改めて読み返すとめちゃくちゃ恥ずかしいな...。
深夜に書いたラブレターは朝読み返してはいけないのだ。
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