

平将門は、平安時代中頃に、関東地方で大規模な反乱(天慶の乱)を起こした人物です。かつては将門塚という塚や御手洗池と呼ばれる池がありましたが、大蔵省再建の際に崩されたとされます。徳治2年(1307)遊行寺二世真教上人が塚を修復し、板石塔婆を立てて傍らの日輪寺において供養したとされます。その霊は神田明神において祭られ、神田明神が移転した後も塚はこの地に残りました。明治時代以降、幾多の変遷の後、昭和45年に将門塚保存会などにより現況に整備されたものです。




将門塚中央にある「板石塔婆」は昭和45年に再建されたもので、時宗の僧・遊行71世他阿隆然上人の染筆による「平将門 蓮阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 徳治二年」が刻み込まれています
