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父母の命日と信仰の縁をめぐって

大森 義成 様

いつも大変お世話になっております。

1月25日からの施餓鬼供養、ならびに2月1日からの星に祈る会の厳修、誠にありがとうございました。
いずれも自宅でのご供養・ご祈願を、無事に終えることができました。

また、一か月ほど前になりますが、納め万霊総供養並びに金剛経会につきましても、年末年始のお忙しい時期にもかかわらず、無事に勤めることができました。

金剛経は、般若心経などと比べると、これまであまりご縁がありませんでしたが、先生の「シンプルなものほど継続しやすく、かつ霊験あらたかである」とのお言葉に従い、ブログで「最重要」と赤字で示されていた最後の四句偈だけでも、日々の勤行に生かしていければと思っております。

さて、施餓鬼供養結願の翌日には、寺院にて母の一周忌を営みましたが、こちらも無事に終えることができました。
母が亡くなって一年、あっという間ではありましたが、あの世での母の安寧を祈りつつ、感謝の気持ちを何とか伝えたい一心で、ご供養に努めてまいりました。

父の時には、ここまで「あの世での父」を意識することはなかったように思いますが、「母親の死は特別」と言われる通り、この一年は常に母の存在を意識して過ごしていたように感じます。

亡くなってから四十九日までは、閻魔大王の裁きを無事に越え、苦しむことなく極楽往生を遂げてほしいと、切に願っておりました。
日常の道すがら、小さな閻魔大王の石像に手を合わせ、ご真言を唱えることも増え、信仰を持って久しい私にとっても、今回ほど強く閻魔様を意識したことは初めてでした。

閻魔様の本地が地蔵菩薩様であると伺い、先生がお示しくださる先祖供養のお次第に、必ず地蔵菩薩真言が含まれている理由にも、あらためて深く得心いたしました。

振り返れば、私と母の信仰の出発点は准胝観音様でした。長い年月を経て、閻魔様とのご縁にも、少しは深まりがあったのではないかと感じております。
母が享年百歳まで生きることができたのも、必ずしも熱心ではなかったとはいえ、准胝観音様への信仰があったればこそ、と今では思っております。

一方、父の命日は4月28日で、お不動様のご縁日です。今回申し込もうとしている不動明王修行会は、私にとって月例修行であると同時に、父の月命日のご供養の意味も持つものと受け止めております。

母の命日は2月1日で、浴油祈祷でお世話になっている◯◯聖天様のご縁日でした。母の死をその日に重ねて受け止めることで、聖天様のお導きによる旅立ちだったのだと、心から思い直すことができました。
その後の四十九日法要が3月21日(お大師様の正御影供)、百箇日法要が5月11日(母の日)に当たったことも、私には深い意味のあることとして感じられました。

父母の命日と、産土神社に祀られるお不動様・聖天様のご縁日が重なっていることに、人の生と死を貫く不思議なご縁を思わずにはいられません。
肉体は両親から、魂(浄菩提心)は産土の神仏から受け継ぐ――そのことを、あらためて深く納得いたしました。

長文となり、失礼いたしました。
母の死という大きな悲しみを通じて、これまでになかった信仰の新たな眼を開いていただいたことを、心よりありがたく感じております。
先生のおっしゃる通り、母はまさに「導きの菩薩さま」だったのだと思います。

今回の一周忌を節目に、今後もより一層ご供養に精進してまいりたいと存じます。
引き続き、ご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

なお、2月より不動明王修行会が始まるとのこと、件名にも記しました通り、申込要項の送付をお願いできましたら幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

敬具

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