善龍庵 大森先生
横浜の◎◎です
遅ればせながら、明けましておめでとうございます
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます
このたびは、星に祈る会に参加させていただきたく、申込要項を頂けましたら幸いです。
(中略)
12月は不動明王修行会、納め万霊供養会、
そして新年には金剛経会、開運毘沙門天供養会の厳修を賜り、誠にありがとうございました。
おかげさまで、今回もつつがなく修行を重ねることができました。
いつもブログを楽しく拝読いたしております。
拝読するたびに、気づかされることが多々ございますが、最近とりわけ心に残りましたのは、
「金剛経読誦の用心」で紹介された「諸天善神の降臨を信じて拝む」という心得でございます。
これをきっかけに、過去の記事「読誦の心構えと三昧への道」「仏の座に座る」なども改めて拝読し、
修行の励みになる大切な教えであると同時に、難しさも感じました。
以前、不動明王修行会の発願について質問させていただいた折にも、
「本尊に対して、道場におりてきてもらい、じぶんの修行の目的、願いを奏上するものです。」
とお教えいただき、自分が取り組んでいる修行がいかに大きな営みであるかを知り、驚嘆いたしました。
「自分が拝んでいる間はそこに仏教守護の諸天善神が降臨していると信じて」拝むということは、
頭ではそのつもりでいても、実際に信じ切ることは難しいものです。
しかしながら、お寺に参拝し、お堂で拝ませていただく折には、
目の前にお不動様をはじめ諸天善神のご尊像がまします修行の場であり、
「降臨壇上」を自然と信じられるようにも感じております。
また、「供養や修行が終わり、日常生活に戻るときには、頭の片隅でもいいから「自分は菩薩なのだ」という意識をもつこと。
その意識で日常の業務などに従事する。」とのお言葉も、そのように意識できれば、在家の身であっても修行する意義があると感じられました。
難しさはございますが、折々読み返し、思い起こしながら勤めてまいりたく存じます。
自分の理解の及ぶ範囲でしか受け止められず、せっかくのご示唆の多くを十分には咀嚼できていないと思われますが、
また何か気が付いた折には改めて再読し、理解を深めていきたいと存じます。
このような貴重な内容を、いつでも拝読できる形で公開して下さっていることに、感謝申し上げます。
引く続きご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

虚空蔵菩薩 善龍庵蔵