私自身は霊能力を頭から否定するという考えはない。そういう力は経験上あると思っている。ただし仏教を標榜するもの中でそれが重要な力であると吹聴するのは疑問を感じる。仏縁を結ぶ切っ掛けととらえるくらいが無難であろうか。
『盂蘭盆経』というお経があってその中に神通力に優れていた目連尊者が、その母が生前の業によって餓鬼道に生まれても神通力で救うことができなかったという話が説かれている。
結局、母を救ったのは布施の功徳、衆僧威神の力である。同経は中国撰述のお経といわれているが、たいへん的を得た内容だと思う。
私は複数の祈祷寺院にかかわり、あるいはかかわってた僧侶と親交をもっていたため、その裏側を見聞してきた。
そこであることに気づた。それはそういう霊能力を標榜する僧呂といえども、その力で自分やその寺の悩みを解決できないということである。特に家族の問題を多く抱えている。
結局、仏教では私たちの悩み苦しみはどうやったら解決するのかというと智慧と慈悲によると説いている。
もちろん、仏教以外の宗教や信仰、思想においては霊能力は実害さえなければ特に問題ない。
続く
