とても良い工夫と気づきがありますね。身体を意識するのが大事です。大森
大森先生
いつもご指導ありがとうございます。
11月4日に准胝の念誦十万遍達成しましたのでご報告いたします。
一座500遍を一日最低二座、休みの日は四座ほど勤めました。スマホを見るくらいならという気持ちの変化と猛暑で外出が減ったおかげです。今もそのペースで続けています。
平日は帰宅後にやっていましたので念誦しながら一日の出来事が頭の中をグルグルしてしまい、二座目に静かに念誦するという事がしばらく続きました。自分ではあまり納得していませんでしたが、善し悪しをジャッジしない様にして准胝さまに愚痴を聞いてもらったくらいに考えていました。
ある時に、いろいろ雑念が出る時は頭の前の方で考えているんだなと気がつき、ネットで見た台湾の准胝鏡の裏側には真言だけでなく准胝さまの後ろ姿があるのを見て何となく自分の背中を意識しながら念誦してみました。
すると驚くほど雑念が消えて気持ちよく真言を唱える事ができました。その方法を発見してから、背中ではイメージが難しかったので後頭部から首の辺り、10センチくらい離れた場所に野球のボールくらいの球があるとイメージしてそこに軽く意識をおいて修行を続けました。
不思議と視線もキョロキョロせずに本尊に定まり、 今この瞬間、世界に准胝さまと自分だけで修行させてもらっている感覚があります。
いつも正面に准胝鏡と種字、左右にお不動さまと十一面観音さまの御影を置いて祈っていますが、お二人も一緒に念誦してくれているような気配を感じる時もありました。とても静かで時間と体の感覚もなく、お不動さまは笑顔になっているのではないかと思われる様な暖かで安心できる時間でした。
本当は丹田に意識を持っていく方がいいのだと思いますが、自分は練れていないので上手くできませんでした。うしろに意識を合わせるやり方は自分に合っていると思うのでこの方法でこれからも続けたいと思っています。
気がついたこととして、言葉にするのが難しいのですが二度ほど体がそわそわして落ち着かずうまく祈れない事がありました。雑念は起きないのである程度集中できていると思うのですが、お腹の辺りがイヤがっている感覚でおそらく前日の修行後にスナック菓子を食べながら映画を見たのですがそのお菓子のせいかもしれません。時々休みの前日にやっていましたが、集中できる様になってから初めてそれをしたので他に原因が考えられません。
自分はこれまで「体」というものをあまり意識しませんでした。それに心が調えば体もそれに従うと思っていたのでこの経験は大変な驚きでした。自分のようなものでも三密が調って修行できていたんだなと思いました。体のケア、健康の維持も修行を進めるうえで大切にしようとおもいます。
修行を進めたいと思いますのでお許しをお願いいたします。

積善院 kさん撮影