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「気づき」と「感謝」と「祝福」を

陀羅尼報恩吉祥会の時期です。その意義をお話しします。

神仏やご先祖のことを思うとき、
どこか「恐れ」や「遠慮」を感じてしまうことはありませんか。
「こんなことをして怒られないだろうか」「自分なんかが祈っていいのだろうか」――
そう思うことは、人間らしい自然な心の働きです。

けれども、その恐れや遠慮の多くは、実は神仏から与えられたものではなく、
「自分自身の心が映し出した影(投影)」が正体なのです。
心の奥にある罪悪感や自己否定の思いが、
いつのまにか「神仏は怖い存在」というイメージを作ってしまいます。

しかし本来、神仏もご先祖も、私たちを裁く存在ではありません。
むしろ、どんなときも見守り、導き、励ましてくださる慈悲の存在です。

(間違った方向に行ったとき修正するために、方便でのお叱りはありますが。。)


このことに気づくだけでも、ふっと心が軽くなり、
神仏との距離がぐっと身近に感じられるでしょう。

もちろん、畏敬の念を持つことは大切です。
ただし、「恐れ」と「敬い」はまったく違う意識です。
恐れは心を閉ざし、敬いは心を開かせます。
真の信仰とは、恐れることではなく、
「ありがとうございます」という報恩感謝の心から始まるのです。

ですから、私たちにできることは、難しい修行ではありません。
日々の小さな「気づき」と「報恩感謝」と「祝福」を積み重ねていくこと。
その修養こそが、恐れを手放し、
神仏やご先祖と心を通わせる、最も確かな道です。

そのための集中訓練が「陀羅尼報恩吉祥会」です。

 

恐れが消え、心が静かになるとき、
そこに自然に、安らぎと、穏やかな吉祥の光があらわれます。

 




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