故人のための全てのご供養、霊場参拝は、死者と向き合うことです。大森
大森義成さま、シリソワカ
東京の◎◎でございます。
先週恐山へ行って参りました。
初日は下北駅からバスに乗った頃から雨が降り始め、13時頃到着した時には雨風強くなっていました。

すぐにチェックインをしてポンチョを来て外へ出ました。宿坊のしっかりとした傘をお借りして回りましたがそれが何度もひっくり返ってしまうほどの風でポンチョも役に立たない、足元は水が流れ地獄巡りも川の中を歩いているようでした。雨の為、硫黄臭を殆ど感じなくて済んだのは有り難かったのですが…

本堂、地蔵堂の後、奥の院のお不動様へ登る道も滑りそうでようやく登り切って拝見したお不動様のお顔がとても凛々しく今風で子供を重ねてしまいました。
この後、地獄巡りを始めましたが、慈覚大師堂と大師説法之地を回り宿坊に戻りました。大師堂ではお大師様も雨の強さに驚かれカラスが頭に止まるのを許してしまったようでした。

慈覚大師
強い雨風に抱えていたもの全てを洗い流され吹き飛ばされ浄化されたように思えました。
夕食後に院代の南 直哉師の法話会がありましたので参加しました。
「死者はいる」とのご法話は、先祖を思い、故人を想っているものに、恐山はありがたい場所だと思いました。
ただ、この言葉が怖いところと思われるのかもしれないと。恐山はお化けが出たり怪奇現象が起きる様なところではなく、
死者はそれぞれの心の中にいてそれを感じやすくなる場所のように思います。
明け方まで雨風が強く2日目は風が強かったのですが綺麗な青空と極楽浜の青い湖水に感動いたしました。
風車を浜辺に立て風で勢いよく回るのをみていると子供が喜んでくれていると、素直に思いました。

朝の勤行では子供と水子の供養をお願いしたら立派な塔婆で法要後に塔婆堂に納めさせていただいました。
地獄巡りの際には先生が真言を唱えながらと書かれておりましたから、私もその様に子供を思い、水子を思い、先祖には感謝を思いながら回りました。
恐山は高野山、比叡山と合わせて三大霊場と言われていますが、三箇所を巡り恐山は純粋に供養の山と思いました。これ程死者と真剣に向き合える場は無いと思います。
言葉は返ってこないけれど、何か包まれた様に穏やかな気持ちになります。
実は私は大浴場は好きではなく、ひとりでゆっくり入りたいので利用することはほとんどありません。今回は雨で身体が冷えていたこともあり、大浴場へ行きましたが誰もいなくて独り占め出来ました。出る時に続けて数人が入って来ました。翌朝も5時に行きましたらまた独り占め出来まして昨夜と同じ様に上がるタイミングで立て続けに入って来ました。これは温泉好きだった子供が「僕はいる。一緒だよ」と教えてくれたのかもしれません。
友人らはイタコさんの事を聞きたがり、供養の為に行ったのでイタコさんには会っていないと言うと驚かれました。
ある時期からTVなどで怖い所と意識付けられてしまったのかもしれませんが、恐山は供養の場であると確信いたしました。
子供を亡くしてすぐの頃にも行こうと思いましたが叶いませんでした、八年目を迎えた今年先生のブログを拝見して思い切って行って良かったと思います。ありがとうございました。