これは以前の記事です。掲載が遅れました。大森
過日、明治、大正期に活躍された大霊覚者、泉聖天尊をお祀りする御廟に参拝。
入り口は一見してわからない。山の細道の奥に忽然と現れる。


古墳の上には自然に堂社や祠が建つ。
稲荷山の三つの峰も古墳である。
古墳の上にお寺や神社以外のものを建てると障りがあることがある。
古墳の上のお寺の境内に、寺とは関係ないものを建ててえらい目にあったという話も聞きます。

泉山二社明神
昭和42年泉聖天尊本廟拡張工事中、30cm 土中で箱式石棺が発見された。自然地形の平坦な場所に地山を掘削して箱式石棺を築造しています。石棺底は厚さ 10〜15cm に粘土を敷き詰め北西東位で男性を埋葬し赤色顔料を散布し、その上に薄く粘土を敷き、またその上に南東頭位で女性を埋葬し赤色顔料を散布していた。石棺の外周は良質の粘土で固めていた。現在出土遺物(鉄製ヤリガンナとカマ)は敷地内の社殿の中に御神体として、泉山二社明神として祀られている。

