生きとし生けるものに何か願い事のないものはない。
願い事にはあらまし二通りある。
一つは何か災いを取り除きたいというもの。
病気や貧乏やいざこざや、すべて世の不幸を除きたいというもの。
もう一つは儲けや成功や栄達や長寿や、いわゆる世の幸福を増したいというもの。
前者はいわゆる息災の願いで、後者はいわゆる増益(そうやく)の願いである。
マイナスはプラスにし、プラスはさらにプラスにしたいのが人の情である。
ところが人は自分の願いばかりではなく、人の分まで引き受けねばならぬものである。
自分に責任のある者、また自分に責任があるというわけではないが振り切られぬ関係のあるものなどが、何人かは自分の周囲にあるものだ。
だから人は誰もただ一人のようで実はひとりではない。
人はいつでも家族として願い、親類として願い、職員として願い、国民として願い、さらに広くは世界の一人として願うのである。
遠い誓いはあっても他人のことが自分のこととなる。
そう願わないで生きられないのである。
続く
本文『神代峻通講話集』神代峻通講話集刊行会刊(高野山出版社内) 昭和35年8月10日発行より転載
