※本文は戦後の混乱の中で、神代先生が人々の苦しみと信仰による救いを真摯に語った貴重なお言葉です。表現の一部には当時の時代背景に由来する表現もありますが、その根底にある「寄り添いと慈悲の教え」は、現代においても変わらぬ光となるものです。
そこで一部誤解を避けるため注釈を私に付けてご紹介します。
昭和二十五年十二月三十一日稿
(※一部注釈付き)本文は太字
お大師様を信じてより頼むものが、その事情事情に応じて不思議な御利益をいただくことは、昔から広く世に知られている。
私自身の浅い経験でも一つの巡り合わせで困った羽目になり、自分の知恵を絞り、力を尽くしてみてもどうにも道がつかずに困り果てている時に、思わぬ方から救いの手を差し伸べられた事は幾たびもある。
自分の愚かさや不始末からの苦難でもそれを咎めないで、衆生の願いを願いとして聞いてくださるのである。
お大師さまはいつも衆生の身の上を気にかけておいでになる。
特に苦しみの多い人にはその身近についてござる。
このことは私には疑われない。
人の心の秘密を知り、言い尽くせない奥深いところまで見抜いて、かゆいところに手のとどくように細やかな憐れみをかけたもうのである。
人が衣食にさえ困るということは人間の苦しみとしては、眞にはしたないものかもわからない。むしろ軽蔑すべきことかもしれない愚かの極みと言えば言えよう。
【注1】この表現は「当時の一部の社会的価値観」を説明する文脈です。筆者はこの考えを肯定しているのではなく、そう見られがちであるが、実際にはそうではないという逆説の構成で述べています。
しかし、そうしたはしたない苦しみに時々人は落ち込むものである。
しかも全くその人の責任でない原因のために、そういうことになる場合もある。
【注2】現代でも重要な視点であり、「困窮は必ずしも自己責任ではない」という理解が必要です。
そういう次第で、今、家も、職も、奪われた人々が世界中にいくばくあるかわからない。
そういう不幸の中にある人々には、生きるということは真に大きな負担である。
だから中にはその重荷に耐えかねて、ポキポキと折れていく人も多い。
よしんば折れてしまわないまでも、よろめき喘いで、死ぬよりもつらい思いをしている人もある。
人の世の生活は実はそれ自体なかなか骨の折れるものなのだ。
畑の仕事、山の仕事、海の仕事、工場の仕事、地底の仕事、空の上の仕事、通信やラジオや交通上の事務でも、研究でも、探検でも、はては美術、遊芸などにしても、その道はそれぞれ険しいもので、怠者や弱者のよく行きうるところではない。
【注3】「怠者」「弱者」という表現は、現代の価値観では慎重に扱うべき言葉です。ここでは「どんな分野であっても、道を極めるには並々ならぬ努力が必要である」と読み換えるとよいかもしれません。
それは皆並々ならぬ努力がいる。勤勉で能力のある人でもその力には限りがあるからその度合いこそ違え、人々の生活には誰にも一通りの愚かさとわびしさと、貧しさとがつきまとうものだ。
そして、そのわびしさと、貧しさと、愚かさとは、人が人生の行路につまずいて不幸せの底に沈む時にこの上もなく厳しいものである。
しかし仏様はそういう人々にこそ、最も身近に寄り添っておられるのである。
ただ信心さえあればその仏さまの温かい御手が誰にも感じられるのである。
「こう無茶苦茶に叩かれたんじゃ菩提心も何もあったもんじゃない」
色々の不幸に続けざまに見舞われて困っている人が、ある時このようなため息を漏らしたことがある。
ところがもっともっと不幸な境界人は言った
「苦しいには苦しいけれども、その中にはちゃんとひとつの道を仏様が付けてくださる。ありがたいことじゃ」
信心があれば人は変わる。また世の中も変わる。信心のあるところには希望と忍耐と喜びがある。
信心の無い所には絶望とやけと不平がある。
【注4】ここでの「信心の無い所」という言い回しは、必ずしも信仰を持たない人を否定する意図ではなく、「信じる心があることで状況が変わって見えること」を強調しています。現代的に伝えるには「信心が支えとなり、心のあり方が変わることで人生に希望が見えてくる」といった言い換えも理解につながります。
仏様は信心ある人にともしびを掲げていつも慰めと、恵みと導きとを与えたもうのである。こうして私自身(※神代先生)のわびしさと、貧しさと、愚かさと幾度救われたかわからない。
日も夜もわかぬ誓もて
大師は我をあわれませ
ひめし思いの末までも
知りて救いを垂れたもう
『昼も夜も区別なく救おうとする誓願の心をもって、お大師さまは私たちを慈しんでくださいます
誰にも言えず心に秘めてきた思いの、その果てまでも
すべてをお察しになり、救いの手を差し伸べてくださるのです』現代語訳 大森
本文『神代峻通講話集』 神代峻通講話集刊行会刊(高野山出版社内) 昭和35年8月10日発行より転載
