先の記事で、聖天様に祈ったお寺の奥さん(故人)の話を書いたが、
見方を変えれば、命の無かったところを、20年延命の功徳を授かったのだから、
それはある意味では大きなご利益を授かったのだとも考えられる。
神仏の功徳が思った通りに授からないのは、それは受けるこちら側の宿業の問題もあると思う。送信機よりも受信機側の問題とも言える。
だから、日々の信仰、懴悔、報恩の積み重ねが、ここぞという時に物を言うのである。

濱地天松居士のお墓
濱地居士は熱心な信仰者であったが、お子さんを亡くしたり、せっかく作ったお堂が崖崩れで潰れてしまったという目にもあっている。
それでも死ぬまで信仰を辞めずに信念を貫いた。
大船観音は居士の発願である。
在世の時には完成しなかった。
しかし、その志を受け、継いだ後の人が大船観音を完成させたのである。