神仏は信仰の上でのエリートのみを救うのではありません。
どうしようもない、出来の悪いのも慈悲で導く御誓願です。これが仕事です。
むしろ、出来の悪いのは、導き甲斐があると神仏に好かれます。
ゆえに神仏ならびにご眷属は罰をあたえません。まれに注意喚起のお諭はあります。
それもよっぽどのときです。どちらにしてもその人を導くためです。
だいたい、信仰に厚く、神仏と感応していないと、そういうお諭も起こらないです。だからそんな方はマレです。
むしろ自分の罪悪感を神仏に投影して、自分で自分を罰しているのだと、そのからくりに気づくことです。
正しい信仰は安心(あんじん)をもたらします。
(余談ですが、神仏が頻繁にバチをあてるなら、有名社寺の関係者はほとんどバチがあたることになります。もちろん私も含めて(苦笑))
