第四 慈悲
神仏は、人々への慈しみや思いやりをきっかけとして現れるものです。
だから、神仏と一体になりたいと願うなら、自分自身も慈悲を本質とするべきです。
そのためには、私たちの感覚や心(目・耳・鼻・舌・体・意識)にとらわれず、それを離れる必要があります。
これを実現するには、無駄な考えや迷いを手放し、ただありのままに感じることが大切です。
「音はどこから来て、どこへ消えていくのか」という問いかけのように、物事の本質に心を向けましょう。
我の身は 本来無我の 大如来
読経坐禅 無我の相かな
無我相に なればそのまま 菩薩にて
慈悲よりほかに 何ものもなし
濱地天松居士の道歌

濱地天松居士