神秘体験よりは気づきがその人を成長させます。大森
大森先生
いつもお世話になっております。
まだまだ通過点ではありますが、ご報告させていただきます。
単身赴任で時間がたくさんありましたので、朝晩1000回づつ、ほぼ3年かかりました。
とにかく「悩んだら真言」ということで、自分の心が乱れた時にはとにかく唱えてみました。
ちなみに神秘体験はゼロです。
ただ、本日待乳山聖天様へお参りに行ったところ、初めておみくじで大吉が出ました。
100万遍達成のご褒美ということにしておきます。
独部法を続けるうちに「心は本来自由であるのに、いろんな事にがんじがらめにされている」と感じるようになりました。
そう感じ始めると、ものの見方も変わりました。
嫌なこと、辛いことがあっても「そういうこともあるものだ」「それも含めて生きるということだ」と思えば、感情のブレも抑えることができました。
もちろんゼロにはできませんが、独部法を伝授頂く前よりも明らかに気持ちが楽になりました。
数年前に安定したサラリーマンをやめて倒産寸前の会社を買い取り、そこからジェットコースターのような毎日でした。
何度も危機を乗り越え、安定したと思ったら部下や取引先の裏切りに合い、もうだめかと思うとちょっと助けが入るといった感じで…。
もし密教を学んでいなかったら、独部法を伝授して頂けなかったら、聖天様をはじめとした諸天善神への信仰がなかったら、とっくに心が折れていたと思います。
心理学や自己啓発の本に、「ものの見方を変える」事例として「コップに半分の水が入っているのを、まだ半分あると見るか、もう半分しかないと見るか」というのがありますよね。
また、「自分でコントロールできないことは気にしない」というのもよく出てきます。
こういった見方・考え方は、本で読んで頭でわかっていても、実行するのはなかなか困難です。
密教の修行は、続ける事によって自然とそのような見方・考え方が実行できるようになるのではないでしょうか。
ものの見方や考え方が変わると、自分自身の心の平安を保つことができる。
心の平安を保つと、行動が変わり、それが周囲を変えてゆく。
また、供養・祝福・滅罪などが素直にできるようになり、その功徳が頂ける。
今のところそんな風に感じています。
まあ、とにかく良いことも悪いことも含めて、人生を楽しめればと思います。
独部法及び金剛経の読誦(まだ200回程度ですので先は長いです)、毎日淡々と続けます。
引き続きご指導よろしくお願いいたします。
