木喰行道上人(のちに神通光明 明満仙人と名乗る)には、木食白道(もくじきびゃくどう)上人というお弟子がいた。文政8年12月24日に71歳で遷化(土中入定したという)
本来は旧暦だが、今日は12月24日ということで、今朝の勤行でご回向させていただいた。白道上人を顕彰する意味で少しご紹介します。
白道上人は甲州市うまれ、幼い時(6歳という)に出家し病弱な父とともに諸国巡礼の旅にでる。四国八十八ヶ所の遍路中に父を亡くし、その後六十六部として巡礼中に木喰上人と出会い、弟子となって木食戒をさずかり、ともに巡礼を続け北海道に渡り仏像を作られた。
栃木県の鹿沼市にも、師匠との共作である薬師三尊と十二神将がいまもお祀りされている。のちに師匠とわかれ独自の活動をする。
師匠の木喰上人は、たまに寒さをしのぐために飲酒やカツオ汁などもとっていたり、温泉で養生されていたようだ。90歳すぎても超人的に造仏され、93歳の長寿をたもった。(通常は木食戒を保っていた)
一方の白道上人の木食戒は厳格であったようで、茶碗に蕎麦粉一杯、そのあとお湯を一杯という食事で、ときに栗を1粒2粒、ぶどうを5粒6粒くらいの内容だった。
71歳に病を得て入定されたとの伝承がある。
詳しくは下記を参照。

最近は白道上人に関する本を読んでいる。たいへん興味深い活動をされている。