目指すは熊石にある木喰上人が建立した廻国供養塔を目指す 江差から約2時間弱の行程である。
木喰行道作日本廻国供養碑 - 南北海道の文化財 Cultural Properties of Southern Hokkaido
江差から熊石に行く道中、乙部でこんなパネルを発見。



浄土宗 龍寳寺所蔵する木喰仏と円空仏のパネルが道路に設置してあった。直接の拝観は不可。
この近辺の寺には木喰仏がお祀りされているところが複数あるが、ほとんど参拝不可。

道中 円空上人が籠もった洞窟がある



赤い矢印のところがそれである


海のそばなので、強烈な寒い風が吹き付ける。雪も混じっている。

木喰上人が渡道して初めて納経した門昌庵


さすが雪が多いのだろう。除雪のブルドーザーが境内にある。
当時、太田権現(現 太田神社 円空上人も修行している)の納経をここで受けていた。

浄土宗 法蔵寺到着 今回は突然行ったので供養塔のみ礼拝



正面上部 円形のなかに梵字を配している
正面右 安永八年五月十八日 願主
天下和順
正面中央 日本廻国供養
日月清明 行道 (花押)
正面左 施主 藤左衛門

向かって左下に「行道」という木喰上人出家時の法名が読める。
※法蔵寺入り口左側に堂宇の中に保存されいる。熊石町平田内川(ひらたいがわ)に産する花崗岩の自然石に陰刻されたものである。
この廻国供養碑は昭和二十九年法蔵寺墓地内に埋もれていたのを、磯島靖一氏によって発見され、法蔵寺境内に移されたものである。この碑の発見によって木喰行道は、安永七(1778)年に蝦夷地に渡航し、七、八、九年の三か年間熊石に滞在していたことを証拠だてる貴重な資 料となっている。
木喰行道は甲斐国出身の廻国六十六部の木喰行者である。
安永七年に蝦夷地に渡航した。木喰の廻国納経帳によれば「奥州松前庄熊石邑 大田山本地大日如来門昌庵」とあってその日付けは安永七年七月吉日とあるので、この頃に熊石村に来、翌八年には法蔵寺に廻国記念碑を残し、更に九年四月二十四日には2m余の大地蔵菩薩像(道指定文化財・法蔵寺)を完成させた。
安永九年五月十八日には松前に至って真言宗阿吽寺に「奥州松前大田山大日如来 阿吽寺」という納経受取を得て本州に渡っている。



帰りは雪