
地蔵比丘 妙運大和尚が八萬四千の地蔵菩薩の建立を発願。
境内には、大和尚に賛同した方々が建立した地蔵菩薩が所狭しと並んでいる。
上記サイトより引用
「明治12年三十八世妙運大和尚が釈迦入滅百年後印度の阿育王が、八万四千の石宝塔を世界各地に建立されたように、一つには仏恩に報い、一つには民衆を救うため八万四千体の石地蔵尊建立を発願された。そして自づから地蔵尊の真影を八万四千体拝写し、これを八万四千人に授与しこの受施者は必ず一体建立できるよう誓願された。奉納には率先して北白川能久親王が十数体造立、徳川、小松、近衛、一条、毛利の旧殿上人、陸奥宗光、大山元帥、犬養木堂また三井、安田の財閥、梨園の花形その他各地の方が造像し今日に続いている」

本堂


明治初年神仏分離によって江戸六地蔵六番の寺(永代寺富岡八幡宮の別当寺)が廃寺となり、六番の地蔵尊像も破壊された。
妙運大和尚は浄名院境内に江戸六地蔵の第六番をあらたに建立した。








