秋季彼岸会に参加させていただきありがとうございます。
秋季彼岸会のお次第を受け取りました日から菩提場荘厳陀羅尼を唱えさせていただきましたが、あるとき蓮の花に座っている叔母がイメージされました。続いて父や叔父がふっとイメージされました。皆笑顔でした。苦しい最期でしたから、私が常に想い描く様子ではなかったのでドキッとしました。
私は夢に現れることも、声を聞いた経験もないのですが、一瞬だけ現れたこの予期せぬイメージは、そうかこれまでのご供養で良かったんだと思わせてくれました。これからは哀しみでなく幸せな気持ちで向き合えると思いました。
そして、私はこれまでお釈迦様に対して、仏教の開祖である偉大な方として手を合わせることはありましたが、何かを願って祈ることはありませんでした。先生のブログにて菩提場荘厳陀羅尼は釈迦如来の陀羅尼ですと教えていただきまして、私はこの陀羅尼を唱えさせていただくことで、お釈迦様のご加護にて私達の菩提心の周りを清めていただけると思って手を合わせることができました。お釈迦様をとても近づけない、偉大すぎて真似のできないお手本、物語の中の方としてではなく、信じておまかせさせていただく仏様だと少し身近に感じられました。
また先生のご著書「ブッダのことば」に崇高な境地として、行・住・坐・臥のいずれの行動においても慈悲の心を抱くようにとして、「すべての生きとし生けるものは、幸せであれ、穏やかであれ、安らかであれ」を念じる方法を紹介されていました。こちらもこれからは心で唱えるときはお釈迦様と一緒に唱えると思うようにしました。私の気持ちの変化だけですが幸せな心持ちになれました。
この「慈の修習」はとても実行しやすく私の悪癖に効果が大きいのでとても嬉しく思っております。
私は思考が飛び跳ねるように感じられるのですが、ときに正義という名の暴力や報復的な攻撃の意識が湧き起こり、感情も動き鼓動が早くなるようなこともあります。結果言動も荒々しくなることもありました。
しかしこの慈しみの言葉をことあるごとに心で唱えると攻撃的な心が出てこないことを実感しました。これはとても嬉しいことで本当に自分は守られていて幸せだと思いました。これからははじめの三礼にお釈迦様への感謝を欠かさないと決めました。修行法にご著書にブログにいつも気づきやきっかけを与えてくださりありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
大森義成先生シリソワカ
ご同行の皆様シリソワカ
合掌
