仏法
「仏法は 我に迷える こころをば
照らす仏の 光なりけり」
金剛経に
「もし菩薩に我相、人相、衆生相、寿者相あれば、すなわち菩薩に非ず」
「もし心に相を取れば、すなわち我と人と衆生と寿者とに著す。もし法相を取るも、すなわち我と人と衆生と寿者とに著す。もし非法相を取るも我と人と衆生と寿者とに著す。このゆえに法をもとるべからず。非法を取るべからず」
取著のもとが我相、人相、衆生相、寿者相なることを知るべきである。
ゆえに無我相なれば、なんの取著なき自由自在になるべきである。
また曰く、「我相は即ち是れ相に非ず。人相も衆生相も寿者相もすなわちこれ相に非ず。何をもってのゆえに、一切の諸相を離るるを諸仏と名く」
諸相のもとは我相である。
ゆえに無我相なれば即ち仏である。
