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餓鬼は律儀である

以前、後輩の僧侶から「餓鬼はただ飯くいませんよ」といわれて、どういうことかなぁとずっと思っていた。

 

 

先ほど、知り合いの別の僧侶から電話があり

 

大森先生、先生に教えてもらって、私毎晩、施餓鬼供養するのですが、たまたま昨晩は寝てしまい。朝起きてすぐに施餓鬼供養しました。(義成注、施餓鬼は基本夜におこなうが、経典にはいつ行っても良いと説かれている)

 

するとすぐに知人の僧侶から「自分はこれから葬儀にいく予定で車をはしらせているが、高速が渋滞していてまにあわない。あなたの家が近い場所が葬儀会場だから、今すぐ代わりにいってほしい」と電話があり、なんとか代わりに葬儀の導師をしたので、お布施まで頂きました。

 

これは、餓鬼たちが施餓鬼は大切だぞ!怠るな!と教えてくれているんのだな、と感じた次第です。

 

との話だった。神仏のご意志は、日常の出来事に示されていることが多々あるので、「君の言うとおりだよ」と電話を終えた。

 

 

 

もともと、施餓鬼は増益法(そうやくほう)に分類されて、福徳を招く功徳がある。

ただ、あまり功利的にそこを望むよりは、餓鬼の苦しみを除く功徳で、自己の罪業が滅されて、結果、自然に福徳がそなわることを意識するほうが良いと思う。滅罪生善(めつざい、しょうぜん)が施餓鬼法の肝だ。

 

しかし羽田先生からも「餓鬼は律儀ですよ」と教えてもらったが、正しくそうかも知れないと感じた出来事だった。

 

※大森義成に施餓鬼供養を依頼希望のかたは下記アドレスまでメールください。詳しい要項を送ります。

 

当庵では七座にわたり如法にご供養し、あわせて尊勝陀羅尼をとなえて施主の滅罪生善を祈念します。供養は継続することも可能です。

なお、施餓鬼供養に関すること以外はお返事できませんので悪しからずご了承ください。

 oomorigijyou-segaki@yahoo.co.jp




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