こんにちは、GreenFielderです。
皆さん、「フィルターバブル」っていう用語、ご存じですか?
Wikipediaによると、
「インターネットのユーザがネットから得る情報が、自分と同じ意見や趣味のものにばかりになってしまい、異なる意見や趣味が見えなくなる現象のこと」
だそうです。
今日、会社からの帰宅中に車の中で聴いていたBloomberg Radioでのトークを聞いていて、それらしいことが議論されていたので、興味を持って帰宅後にちょっとだけネットで調べてみたもので、私も過去に耳にしたことはあったけど、ちゃんと調べたのは今回が初めてです。
Bloomberg Radioで何が議論されていたかというと、「AIによるユーザー向けニュース記事選別が、アメリカの「分断」に影響を与えているか否か、というような内容でした。
そこで解説員がこう言ってました。
「国民の大半は、極右でも極左でもなく、だいたい中庸な政治思想を持っているはずだったが、昨今のAIによってニュース記事がユーザーの嗜好に寄せて掲載されていくことにより、一度右派寄りのニュースに興味をもって見始めると、その後ずっと右派寄りの記事が掲載されていくことで、左派のニュース記事が出てこなくなり、ユーザーの思想がそれにつられて更に右寄りになっていく。これにより、国民の思想が徐々に両端に寄っていってしまっているのが国民の『分断』に繋がっているのではないだろうか」
(注:あくまで私が聞き取って類推した内容であり、正確性には自信が無いことを申し上げておきます)
この意見を聞いて、納得したんです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
確かに、PCでニュース記事を見ると、私が興味を持って見た記事の類似記事が、次から次へと上位に出てきます。
私の場合、星空とか野鳥とかアウトドアとかカメラとか、そういう記事が出てくるとつい開いてしまうので、そういう関連の記事がどんどん出てくるわけです。
そして、私は仕事柄アメリカ政治にも興味があって(特にトランプ政権の方向性が目まぐるしく変わるから、というのもあるのですが)、ついつい気になる政治記事も開いてしまうのですが、例えば私が「アンチ・トランプ政権」のメディア(例:CNN、MSNBCなど)の記事を2~3度続けて開くと、その後はそのメディアの記事がどんどん上位の目立つところに出てきます。
逆に、「親トランプ政権」のメディア(例:Fox)を続けて開くと、その後は同じメディアのニュース記事が上位に上がってきます。
私は仕事でも政治でも、「うまい話は疑い」、「悪い話も疑う」性格なので、MSNBCのニュース記事を見た後は、Foxニュースの記事を見る、といった感じで、左派・右派双方の意見を聞いてその差を楽しんでいますが、素直にウェブブラウザに誘われて上位記事ばかりを無意識に開いていくと、確かに片側からの意見ばかりが頭に入ることになり、自分の思想も偏っていってしまうな、と容易に想像ができるのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本の国民は、トランプ政権の政策について、ネガティブな印象をもっている人の比率が多い、とどこかのニュースで書いてあった記憶がありますが、私の持論としては、「それは日本のメディアの大半がトランプ政権のポリシーを良く書かないから」じゃないかな、と思っています。
私は、日本人が特にメディアの意見に流されやすいと(以前は)思っていたのですが、メディアの意見に流されるのはアメリカ人も同じだな、というのが最近の私の印象です。
大統領選挙でのトランプ氏の勝因は「メディア戦略が功を奏した」というニュース記事を見たことが有ります。自分に反対意見を持つメディアが大半な公共放送については「フェイクニュース」とこき下ろし、最近の若者がよく視聴しているポッドキャストに多くのキャンペーンをうった、とかなんとか。
確かに最近の若者はテレビを見なくなっているのではないかと思います。どちらかというと、ポッドキャストやSNSなどのインターネット・メディアを活用しているような気がしてます。
一方で、テレビ等の公共放送メディアばかり見ていると、Fox以外は殆ど「反トランプ」的意見が多いことから、テレビメディアばかりを見ている人々は、おそらく反トランプ傾向になっていうのではないかと想像します。
私は、このような傾向がアメリカ国民の両端への偏りを助長し、つまり「分断」状況を悪化させているのではないかと思ってしまいます。「フィルターバブル」が分断を助長しているのではないか、と。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
つい20年ほど前までは、主要なメディアはテレビと、そして新聞でした。
私がまだ社会人5年目くらいの時は、超満員の通勤電車の中でも、大きな新聞紙をうまく折りたたんで読み込んでいるサラリーマンをよく見ました(当時はそれでも「こんなに混んでいる電車の中で紙を広げるなよ!」と思ってましたが 笑)。
新聞というのは持ち歩いてもかさばるし、どうでもいい記事ばっかり、という印象を持っていたのですが、社会人経験が長くなればなるにつれ、新聞に「どうでもいい」ものを含め豊富な記事があることで、色々と新しい気付きがあることが理解できるようになってきました。
新聞記事も、興味がある分野の紙面だけ見ていると他の紙面が鬱陶しく思えるのですが、普段見向きもしない地方版に「へぇ~」という記事が載っていたりすることに気付き始めて、週末には「どうでも良い」と読み飛ばしていた新聞紙面も目を通すようになったものです。
このような新聞の利点である「記事内容の多様性」「読者の記事選択可能性」が、今のAI付きネットブラウザでは完全に失われているような気がして、それが読者・視聴者の「思想の偏り」の原因なのではないかと思うのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
最近は平日の多忙な仕事と、そのうっ憤を晴らすべく週末に遠征しまくることによる「記事投稿余力の減少」で、折角の遠征記事が滞りまくってますが、今回のトピックについての記事をどうしても書きたくなり、夜に一気に書き上げたものです。
乱筆・乱文・写真無し、にご容赦ください。
最後までご覧頂きありがとうございました!
*ブログランキングに参加しました!*