どうもstsです。
本日のテーマは「将棋」です。今回はその中でも「振り飛車」がテーマです。
将棋は、居飛車と振り飛車という二大戦法の分けられ方をしますが、居飛車穴熊の猛威やAIの隆盛などにより、苦しめらることもあります。
今回は平成の時代において、振り飛車党がA級に三人揃った時代を振り返ります。
それではさっそくどうぞ!
【平成になってから第60期まで】
第51期A級順位戦、「不死鳥」と呼ばれガンに侵されながらも対局に復帰し、A級の座を守り続けた大山康晴十五世名人が現役のまま死去。そしてその翌年には振り飛車党に転向し、「スーパー四間飛車」で名を馳せた小林健二九段も降級。
※タイトル獲得通算80期を誇る「将棋界の巨人」。強靭な受けが持ち味で、数多くの居飛車党の攻めを受け潰した。全振り飛車党が手本にする大棋士で今なお語り継がれる史上最強棋士の一人。
※元々は居飛車党ながら振り飛車党に転向し、A級復帰まで果たした棋士。当時猛威を振る居飛車の穴熊や左美濃に対して、飛車を転換したりするなどして襲いかかる独特の戦法は「スーパー四間飛車」と呼ばれた。
これによりA級から振り飛車党が消えるという事態になりました。
【第60期】
この第60期にてA級に久々の純粋振り飛車党として参戦したのが藤井猛竜王(当時)でした。
※「藤井システム」の開発者として将棋ファンからカリスマ的存在を誇る藤井猛九段。藤井システム以外にも角交換四間飛車や藤井流早囲いなど画期的な戦法を開発。「ガジガジ流」と呼ばれる攻め味も特徴。
当時竜王を3連覇中であり、前期は弟弟子の三浦弘行八段とともに1期抜けでB級1組からA級への昇級を果たしていました。
藤井先生はA級でさっそく開幕2連勝を飾るものの、その後連敗。最終的には4勝5敗の成績で1期目のA級を終えました。
【第61期】
続く第61期は最終戦を残して4人が挑戦争いに加わる混戦。
6勝2敗の佐藤康光棋聖、5勝3敗の谷川浩司王位、羽生善治竜王、藤井九段(肩書は全て当時)の4名の争いとなり、最終戦は谷川先生と藤井先生は直接対決となっていました。
最終戦は羽生先生、藤井先生が勝利し、佐藤先生が敗北。これにより三者プレーオフへと突入。大山先生以来の振り飛車党の名人挑戦者へ可能性が広がりますが、プレーオフ一回戦で羽生先生に敗北。結局名人戦挑戦者も羽生先生となり、羽生先生はそのまま森内俊之先生から名人を奪取しました。
【第62期】
そして続く第62期では振り飛車党の久保利明八段と鈴木大介八段が揃ってA級に昇級します。
※「捌きのアーティスト」と呼ばれる久保利明九段。三間飛車から藤井システムの要領で攻める形は「久保システム」とも呼ばれた。捌きだけでなく、終盤における粘りも特徴で近年は「粘りのアーティスト」とも呼ばれる。
※棋士でありながらMリーガー(麻雀)との二刀流として活躍する鈴木大介九段。四間飛車からあえて穴熊に組ませて▲6六銀(△4四銀)から攻めて潰す形は「鈴木システム」とも。石田流を現代に復活させた貢献者の一人。
元々藤井先生、久保先生、鈴木先生は「振り飛車御三家」と呼ばれており、こえで振り飛車御三家がA級に揃い踏みすることになりました。
この期は、森内先生が史上初となるA級順位戦9戦全勝を達成。挑戦権争いは残り2戦を残して早めに決定する年となりました。
藤井先生は前半1勝4敗と苦戦するも、その後巻き返し、最終戦を残して残留。鈴木先生は前半に勝ち星を重ね早々残留を決めていました。
一方、久保九段は開幕3連勝を飾ったもののその後連敗。最終戦も敗れ、他の結果次第では降級となりましたが、首の皮一枚で残留となりました。
【第63期】
この期は前期不振にあえいだ藤井先生と久保先生が大活躍。
前半を終えて藤井先生と久保先生が共に5勝1敗と振り飛車党の二人が首位。その後を4勝2敗の羽生先生と谷川先生が追いかけるという展開になります。
しかし7回戦で藤井九段、8回戦で久保先生が羽生先生との直接対決に敗れ、追いつかれてしまいます。最終戦を残し6勝2敗の羽生先生と藤井先生、5勝3敗の久保先生で挑戦争いをします。
最終戦は羽生先生が勝利し、久保先生は挑戦争いから脱落。藤井先生に再び名人挑戦の希望がかかるも敗退。またしても羽生先生の壁に阻まれ、名人挑戦とはなりませんでした。
一方前期好調だった鈴木先生はこの期苦戦。開幕2連勝を飾るもののその後に負けが混み、勝っても結果次第では降級という苦しい状況に。しかし見事残留を果たし、振り飛車御三家が揃う時代は3期目を迎えます。
【第64期】
第64期は、一転して振り飛車御三家の三人は大苦戦。
最終戦を残して藤井先生は3勝5敗、久保先生は2勝6敗、鈴木先生は2勝6敗となります。藤井先生は最終戦を残して順位の都合上、残留を決めていましたが、藤井先生と久保先生は直接対決となっていました。
最終戦は久保先生が藤井先生に勝利。これで残留を確定させました。鈴木先生も最終戦を勝利で飾るも降級となってしまいました。
これで振り飛車党が三人揃った時代は終了となりました。
以上のようになっています。
振り飛車御三家が揃った平成の一時代でした。当時は純粋振り飛車党が三人おり、振り飛車に対して対抗系でなく、相振り飛車にする棋士もいたため、当時はA級で振り飛車がたくさん登場する時代でした。
その後のおおまかな振り飛車党とA級棋士の流れは以下の通りです。
第66期:久保先生がB級1組に降級、鈴木先生がA級に復帰。
第67期:鈴木先生がB級1組に降級。
第68期:久保先生がA級に復帰。
第69期:藤井先生がB級1組に降級。
第70期:久保先生がB級1組に降級(来期のA級の純粋振り飛車党がゼロ)。
第71期:久保先生がA級に復帰。
第74期:久保先生がB級1組に降級。
第75期:久保先生がA級に復帰。
第76期:久保先生がA級でプレーオフ進出も敗退。
第78期:久保先生がA級から降級。振り飛車党の菅井竜也先生がA級に昇級。
第82期:A級に在籍する佐藤天彦先生が振り飛車党に本格的に転向。
第65期以降、久保先生がA級で唯一の振り飛車党として孤軍奮闘する時期が長く続きましたが、現在は菅井先生がそのバトンを継ぐかのようにA級で奮闘。近年では佐藤天彦先生が振り飛車に転向するなどまた隆盛を見せています。
※久保先生と入れ替わるようにA級に昇級した菅井竜也八段。「菅井流三間飛車」と呼ばれる独自の振り飛車を駆使し、タイトル獲得にも繋げた。近年もタイトル挑戦を決めるなど振り飛車党のエースとして活躍しつづける。
※近年、居飛車党から振り飛車党に転換した佐藤天彦九段。元々受けの強さには定評があり、振り飛車に転向してもそれが活きている印象。序盤早々に角が飛び出す独自の向かい飛車は「天彦流向かい飛車」と名付けられ流行の兆しを見せている。
A級でも徐々に振り飛車流行の兆しが見えている将棋界、これからの振り飛車党の将棋に注目です!
ではまた!