決してネットニュースやらSNSの話ではなく、マジの実生活で同じ物事に同じ感覚で同じくらい怒ってる誰かがいるかどうかは滅茶苦茶大きいのではないかと最近ボンヤリ考え続けている。もしかしたら笑いや喜びや幸せよりも運命の人過ぎるのではないだろうか。別に恋愛とかじゃなくても。そんな人と出会えたらスピッツの「運命の人」爆音で流して祝福すべきだと思う。
夜のファミレスとかで喋りたいと思う。深夜営業しなくなったお陰でキリ良く帰れる今の時代こそ、そういう関係性が尊いのではと勝手に見直している。
金原ひとみ先生の新作が割とそういう怒りにポイントを置いているとの情報を得たので早めに買って読みたい。
それはそうとして、余りにも忙しい。
毎年繁忙期が社会と若干ズレているので休日出勤するタイミングも変だったりするんだが、何故か一昨年、昨年と淀川花火大会の日に出社し、とんでもない人出に巻き込まれながら帰宅していた。
今年は夏から秋へ日程が変更になり、回避できると思っていたが、見事3年連続3回目という名門校の甲子園出場の様な事態となってしまった。
これまでは自分の仕事が淀川花火大会に被ってしまったという感覚でいたが、今回は流石に花火大会が自分の繁忙期に合わせてきた感が拭えず、妙な愛着すら感じながら混み合う交通機関の餌食になった。
毎回花火は見ないものの若干参加している気持ちになっており、急な大雨に見舞われた今回は「頑張って集ったろうに風邪ひかなきゃいいけど」と心配しながら仕事の疲れを癒すために家でゴロゴロしていた。
交通の面では大変な目に遭わされてはいるが、楽しみに向かう人たちの明るさに穏やかな気持ちになる(と共に公共マナーに欠けた人たちに嫌な気持ちにもさせられるが)ので、それをくれた人たちが楽しめない事態はマジで起こらないで欲しいのが偽り無い気持ちである。
何にしても仕事が忙し過ぎる。
休日出勤の朝はマクドナルドで朝マックをテイクアウトしても良いとの特典を自分に与えているんだけど、2週連続ともなるとその輝きも霞む。
マックグリドルが好きなのでご機嫌を取ろうとするも「いや、寝てたいが???アマプラで適当に選んだ映画を観て失敗したりしたいが???」が覆せず、民俗学のポッドキャストを流して見知らぬ風習への関心で気怠さを誤魔化しながら働いた。
淀川花火大会は規模がバカみたいにデカいので、翌日に地域の子供達が小銭が落ちていないか探しに行くという話を毎年思い出す。
確かに暗がりの河川敷で落とした小銭は皆諦めそうであるが、QRやカード決済が浸透した社会ではそういう文化?も衰退して潰えてしまうんだろうなと思う。
逸れてしまったが、気候的には秋の方が過ごしやすそうなので花火大会自体も秋にやればいいのにと思うが、風物詩ってそういうもんじゃないしな。どんだけの人が夏の風物詩として花火大会を認識しているかも移り変わってそうで、単なるイベントと捉えはじめている可能性もあり、そうなると季節を選ばない未来があるかも知れない。
などとあれこれ脱線含めて考えるが、とりあえず休日出勤にわざわざ予定を合わせて開催するのは勘弁して欲しい。
僕のことが好きなら好きと言って欲しいし、好きな子に意地悪をするのは小学生で卒業すべきですよ、と花火大会には忠告をしてあげたい。
嫌われているから合わせてくる可能性もあるが、流石に働いた上に混雑に巻き込まれた理由が嫌われているからだったら自分が可哀想過ぎるので考えない事とする。
またー。